惜別の姫様(13)
今の千代にどれほどの思いが伝わるのかは、分からない。それでも基子は、少しでも千代の心に届くようにと願う。千代はそんな基子の願いなど知らぬ存ぜぬで、何度も手の中の根付を握り直す。しかし、やがてそっとその表面を撫でた。それまで全くの無表情だった千代の顔に、微かに笑みが浮かぶ。
その一瞬を捉えた基子は、たまらず千代の手を握りしめ、呼びかける。
「千代! 千代!」
しかし次の瞬間にはもう、千代はまた無感動な顔に戻っていた。
それでも基子は諦めず何度も何度も呼びかける。するとようやく、ぼんやりとした千代の眼差しが基子に向けられた。しかし、それは基子を見ているというよりも、単に声のする方へ顔を向けたという風であった。
それでも基子が懸命に千代に声をかけ続けていると、次第に千代の表情が曇り出した。それにいち早く気が付いた太郎が、素早く基子を制する。
「基子様。そろそろ」
基子は悔しそうな顔を浮かべながら、渋々と千代に呼びかけるのを止めた。それでも諦めきれないのか、千代の手をぎゅっと握りしめる。一度力を込めてから心ならず手を離そうとしたとき、基子の手ごと千代の手を志乃が優しく包んだ。
「良いですか、千代。貴女の望み通り、わたくしたちはいつまでもここに居ます。そのことを忘れないで」
聞こえているのかいないのか不確かな娘にそれだけ言うと、志乃はそっと千代の手を離す。そして、基子の肩を抱き千代のそばから離れた。
二人が離れた途端、千代の身体がふわりと宙に浮き上がる。千代を乗せた布がふわりふわりと浮いている。皆が驚きに目を見張る中、それは音もなく移動を始め、千代を運ぶ。それに付き従うように太郎も、星間移動カプセルの方へ向かっていった。
「太郎」
声を掛けられて、太郎は立ち止まり振り返る。正道は渋い表情を浮かべていた。
「千代は……本当にこうなる事を承知していたのか?」
太郎は正道の問いに、静かに目を伏せた。
「星と繋がることで、そのお身体に何かしらの影響が出るであろう事は承知されておりました。ですが、どのような症状が起こるのかまではご存知なかったと思います。それでも、ここを去るご自分が力を行使することが、一番穏便に事を運べると」
その答えをどのように受け取ったのか、正道は、そうかとだけ呟き目を伏せた。そして再び太郎に向き直る。
「太郎」
「はい」
「千代を頼むぞ」
太郎はしっかりと頷く。
千代と太郎はそれぞれにカプセルに乗り込んだ。