惜別の姫様(12)
目に涙を浮かべ、それでも凛と千代の姿を見続ける志乃の姿に、基子は堪えていたものが堰を切ったように溢れ出す。
「其方は……其方たちは……千代がこのようになってしまったことを受け入れるのか?」
基子の問いは、志乃だけではなく正道や太郎に向けられたものだった。問われた面々は、沈鬱な顔を見合わせる。そして暫しの沈黙の後、正道がゆっくりと口を開いた。
「千代は意外と頑固者でな。こうと決めたら、決して考えを変えない。今回のことも本人は承知してのことだろう」
正道の言葉に、太郎が頷く。
「そうですね。姫様はご自分が納得するまで絶対に諦めませんから」
小十郎も千代から目を離さず静かに言う。
「私はいつでも姫様の味方です。たとえ姫様が俺のことをお分かりにならなくとも、それは変わりませぬ」
志乃は基子の肩を抱く腕に力を込めた。そして、優しく諭すように言葉を紡ぐ。
「基子様。あの子が決めたことならば、私たちは全力で支えるだけでございます。千代はいつだって、自分の力で道を切り開いて来た子ですから」
志乃は基子の髪を優しく撫でる。
「ですから基子様。どうか泣かないでくださいまし。あの子が心を痛めますゆえ」
親たちの答えを聞いてもなお納得がいかないらしい基子の様子に、それまで黙って事の成り行きを見ていた春陽が静かに歩み寄った。そして屈み込むと、そっと千代の手を取った。
「私に犠牲になるなと言っておきながら、貴女様はなんてことをなさるのですか。……ですが、お千代様のお気持ち、しかと受け取りました。基子様のこと、そして、お父上様方のこと、この春陽にお任せください」
春陽が千代の目をじっと見つめる。しかし、やはり千代は何の反応も示さない。春陽は小さく苦笑を漏らした。それからそっと千代の手に何かを握らせた。それを素直に受け取った千代は不思議そうに掌に乗ったものを見つめる。
「それは、私が母から譲り受けた根付にございます。私の心からの誓いの証として、お千代様にお渡しします」
千代は春陽の顔をじっと見つめた。それから、手の中の物の感触を確かめるように何度も握り直す。
それまで反応らしい反応を見せなかった千代の変化に、基子も慌てて自身の帯に付けてあった根付を外し、千代の手の中に握らせた。
「それは私の誓いの分だ。私も誓う。其方の親御殿を、其方の代わりに支える。私は其方のくれた人生をこれから大切に過ごしていく。だから、其方も息災でおれ。いいな」