惜別の姫様(11)
千代の瞳に宿る感情は無だった。まるで、道端に転がる石ころを見るような眼差しにその場にいる誰もがたじろぐ。千代はもう一度ゆっくりと辺りを見回して、不安そうな正道たちの顔を順に眺めた。その目はやはりただ物を映しているにすぎないように見える。千代は退屈そうに小さな欠伸をした。様子を伺っていた太郎が千代に声をかける。
「姫様。お加減はいかがですか?」
しかし、千代は不思議そうに太郎を見ているだけで、返答はない。太郎は、言葉が伝わっていないのかと思い、今度は星の言葉で千代に声をかけた。すると、千代は小さくコクリと頷いた。続けて、正道たちのことが分かるかと問えば、千代は小さく首を振る。今いる場所を尋ねても、千代は首を横に振る。
太郎とのやり取りを見ていた基子は、居ても立っても居られず千代のそばに駆け寄った。そして、千代の頬に手を当てると、その瞳を覗き込むように顔を近づけた。しかし、千代の瞳には何の変化も見られない。やはりぼんやりとした眼差しで基子を見返すだけだった。
「千代。其方、一体何をしたのだ? 何故、この様な事になっておる?」
千代は基子の問いかけに首を傾げるばかり。基子は千代の頬から手を離すと、その場にへたり込むように座り込んだ。そして、呆然とした様子で太郎に問いかける。
「太郎。千代は一体どうしてしまったというのだ?」
千代の傍らで膝をつき様子を見守っていた太郎は、真っ直ぐに基子の目を見て答えた。
「姫様は願いを叶えるために、星の核と繋がりました」
「願い?」
基子はぼんやりとしたままの千代を気にしながら、仕草で太郎に話を進めるよう促す。
「基子様を縛る縁を断ち切る事、姫様はそれを我らの星に願ったのです。姫様の祈りは聞き届けられました。ですから基子様は、これからはもう安心してお過ごしください。貴女様は自由です」
「聞き届けられた? どういうことだ? ……では、千代がこのように呆けてしまったのは、私のためか?」
太郎は答えに窮したように基子から視線を外した。基子は呆然と千代を見つめる。その表情には悔恨と戸惑いが滲んでいた。
「……誰がそのような事頼んだ」
基子の唇から思わず言葉が溢れる。同時に、瞳から涙が零れた。次から次へと頬を伝う涙を拭うこともせずに、基子は悔しそうに千代を見つめる。そんな基子の肩をそっと抱く者がいた。志乃だ。
「基子様。気に病まないでくださいませ。これがあの子の意思ならば仕方ありませぬ」