惜別の姫様(7)
千代はニコリと笑う。春陽は何か言いたそうに身じろぎをしたが、しかし諦めたように口を閉ざした。
正道がおもむろに口を開く。
「我らはまだ互いに何も知らぬ。だが、私たちは娘に恥じぬことは決してせぬと誓う。これから生活を共にする中で、新たな関係を築いてゆこうぞ」
春陽は正道の言葉に何かを感じたのか、静かに目を伏せた。そして、深く頭を下げた。千代はそんな春陽を見てニッコリと笑った。
「良かったです。これで本当に安心しました」
春陽は何も答えなかった。千代はそれでも良かった。
これから基子は、これまでの暮らしとはかけ離れた生活をすることになる。その傍らに、春陽が居てくれるのならば、基子は心強いはずだ。春陽の瞳に強い決意の色が宿っているのを見て、千代は満足した。
月明かりの無い夜更け。蝋燭の明かりだけが頼りだというのに、千代の笑みは明るく輝いて見えた。基子は眩しそうに目を細める。
「それで、其方の策というのは私がここで暮らしていくことだけか? 他には? なるべく屋敷から出ないようにするとか」
基子の問いに千代は首を横に振った。
「基子様に窮屈な思いを強いるつもりはございませぬ。お好きにお過ごしください。ただ、もしも一つだけ願うことをお許しくださるのであれば、どうぞわたくしの願いをお聞き届けください」
千代は真っ直ぐに基子を見る。その瞳が寂しげに揺れた。基子は不思議そうにその目を見つめる。
「何だ? 言ってみろ。私にできることであれば何でもするぞ」
千代は目を伏せた。そしてゆっくりと瞼を上げる。その瞳は強い光を湛えていた。基子は千代の眼差しに少したじろいだ。しかし、しっかりと受け止めるように目を逸らさない。千代はコホンと咳払いをすると、深々と頭を下げた。
「お父様、お母様、そして高山のおじ様のことを、見守って欲しいのです。わたくしと太郎の代わりに。出来ることなら、最期を迎えられるその時まで」
千代の願いに基子は言葉を失った。意味が分からないと言いたげに、忙しなく瞬きをする。戸惑いながら名指しされた三人へ自然と目が行った。
小十郎はむすりとした顔で、志乃は悲しげに微笑んで、そして正道は眉を寄せ、険しい顔をしている。
「我らのことは心配は無用だ。お前はこれからのお前たちのことだけを考えていれば良い」
「ですが、お父様。わたくしたちはもうおそばには居られないのです。親の安寧と平穏を願うことは、子として当然の事ではありませんか」