惜別の姫様(6)
これからは基子と正道たちは対等であるべき。基子の望む人生とはそういうことだ。千代は口には出さねど、心の中ではそう考えていた。千代はただじっと基子の答えを待つ。
基子の瞳は揺れていた。身分を捨てることに対する躊躇なのか、はたまた千代の奔放な振る舞いに対する怒りなのか。
基子は視線を彷徨わせた後、目を閉じて息を吐いた。そしてもう一度目を開けた時、基子の瞳はもう揺れてはいなかった。現状を受け止めようとする強い意志を、千代は感じた。
基子は真っ直ぐに千代を見る。千代も真っ直ぐに基子を見返す。しばらく沈黙が続いた後、基子の口から掠れた声が洩れた。
「これから私がここで暮らすというのはどういうことだ? 其方の家族が私の世話をするということか?」
基子の問いに、千代は微笑む。しかし、首を縦には振らなかった。
「ここにいる誰も基子様のお世話は致しません。基子様はご自分のことはご自分でなさるのです。これからは今までと違うのですから」
諭すような千代の言葉に、基子はハッとしたように目を見開いた。千代は微笑んで言葉を続ける。
「大丈夫です。皆、基子様が平穏な日々を送れるよう力になってくれますから」
基子は戸惑いながらも、もう一度正道たちを見た。大人たちは穏やかな眼差しで、静かに基子を見返す。
基子はキュッと唇を引き結ぶと、ゆっくりと頭を下げた。
「これから、よろしく頼む」
千代は基子の決断にホッと胸を撫で下ろす。そして、春陽に向かって「春陽殿も良いですね」と声をかけた。
「で、ですが、このように城の近くに居ては」
春陽は反論しようと試みるが、千代はゆるりと首を振る。
「きっと基子様が捜索されるようなことにはなりません」
何故そう言い切れるのか春陽にはさっぱりわからなかったが、それでも千代の迷いなき言葉に口を噤む。
「もし捜索という事態になったとしても、まさかお城のお膝元に基子様がまだいるなどとは考えないはずです」
「そ、それはそうかも知れませぬが」
「それに、春陽殿の策では基子様が納得されないでしょう? 貴女の犠牲ありきの策では」
千代の言葉に、春陽はグッと言葉に詰まる。念押しをするように、基子も「うんうん」と大きく頷いている。
「ここならば安心安全です。異質者であるわたくしたちを、それと知りながら今日まで愛を持って育ててくれたお父様方にわたくしは全幅の信頼を置いています。基子様のことも、もちろん貴女のことも大切にしてくださいます」