惜別の姫様(1)
朝方の慌ただしさが嘘のように、千代は静かな夜を迎えていた。
千代の目前には正道、志乃、そして高山小十郎が座り、千代のそばには太郎が控えていた。
正道は険しい表情で千代を見つめている。志乃は不安げに瞳を揺らしていた。いつもは陽気な小十郎でさえじっと押し黙っている。皆、千代の醸し出す雰囲気から、何か重大な話があると察しているのだ。千代は蝋燭に照らし出された面々を一通り見渡すと、静かに口を開いた。
「お父様、お母様、高山のおじ様。今日までお世話になりました」
深々と頭を下げる千代に倣うように、傍らで太郎も頭を下げている。正道と志乃は思わず腰を浮かせた。小十郎も驚きで目を瞬かせている。正道は我に返ると、重い口を開いた。
「まるで嫁に行くような挨拶だが。千代、お前は何処ぞへ行くつもりなのか?」
正道の言葉に他の二人も不安げに千代の顔を見つめている。そんな皆を安心させるように、千代はゆっくりと微笑んだ。その瞳には強い決意が見てとれる。
「わたくしは自身が何者であるかを知ったのです。とても信じがたい事ではありますが、それをこれまで育てて下さった皆様にもご承知頂きたく存じます」
三人は息を飲んだ。千代が並々ならぬ決意をしていることは誰の目にも明らかだった。養い親たちが押し黙ったまま真剣な眼差しで千代を見守る。千代は一呼吸置くと、再び口を開いた。
千代と太郎の故郷のこと。千代の本来あるべき立場のこと、千代と太郎の関係。そして、二人とも既に覚醒していること。
あまりに突飛な話を聞いた志乃は蒼白な顔で口を押さえた。しかし、正道と小十郎は志乃程には驚いた様子を見せず、互いに目配せを交わし合う。
「その様子ですと、お父様と高山のおじ様はご存知だったのでしょうか?」
千代の問いに、正道はゆっくりと首肯する。
「光る籠に入ったお前たちを見つけたのは、私と小十郎だからな。詳しいことは知らぬが、或いはそういったこともあるやも知れぬと考えたことはある」
志乃は初耳だと言わんばかりに正道を凝視している。そんな志乃の視線に小十郎は居心地悪そうに頭を掻き、正道は「あの時は、口外すべきではないと思ったのだ」と溜息を吐いた。
千代は「そうでしたか」と、小さく呟く。
正道は千代を真っ直ぐ見据えた。その眼差しは真剣で、しかしどこか哀しそうでもある。
「挨拶を済ませたと言うことは、お前たちは故郷へ帰るということか?」
志乃と小十郎が固唾を飲む音がした。