出奔の姫様(13)
春陽の冷静な指摘に千代は気まずそうに視線を空へ向ける。
「ええ……そうですね……」
曖昧なその答えだけで基子も春陽も状況を察したようだ。
「策など初めからないのであろう? ならばもう……」
しかし基子のその言葉を千代が遮るように即座に否定する。
「いいえ! ……策は、あります」
中空の一点を見つめたままそう言う千代に、基子は訝しげに眉を顰める。春陽はそんな千代を黙って見ていたが、やがて静かに口を開いた。
「お千代様。それはどのような策で?」
春陽の鋭い眼差しが千代を射抜くように見つめる。それでもしばらくの間遠くの空を睨みつけるように見つめていた千代だったが、やがて意を決したようにギュッと目を瞑る。それから二人に向き直った。青眼をキラリと光らせた千代が、すうっと息を吸ってから静かに言う。
「決行は今夜です」
凛とした顔で千代がそう言い放つと、基子と春陽は顔を見合わせた。
「今夜って……それまではどうするのです? 基子様の不在が分かれば、すぐにでも捜索が始まるのですよ」
呆れたように指摘する春陽に千代は問題ないと言う。
「基子様と春陽殿は一度皆様の元へお戻りください」
その言葉に、基子はピクリと眉を上げた。そして、呆れたように溜息を吐く。
「諦めが悪いな。私を城に帰そうとは。私はこれを機に、城を、基家という立場を捨てるのだ。城には戻らん! 春陽のことは私が何とかする。もう気にするな」
千代は基子のその言葉を笑顔で受け止める。その眼差しには気迫が満ちており、人の上に立つことに慣れている基子ですら気圧され、息を飲んだ。春陽に至っては口を挟むことすら出来ずにいる。
千代は落ち着いた口調で基子を諭す。
「城を出る貴女様に一体何が出来ると言うのですか? 大丈夫です。わたくしは基子様のお気持ちを尊重致します。その上で、今夜決行なのです。わたくしを信じてください」
千代は言葉を切って二人を見る。基子も春陽も、千代の放つ気迫に飲まれて目を白黒させながら千代を見つめていた。
「お二人は一度お戻り頂き、これから言うものを夜までにご準備ください。そして、丑三つ時までに我が家へお二人でお越しください」
その顔は至って真剣で、何か策があるらしいことは確かだった。
「闇夜に紛れて逃げるということか?」
基子の問いに千代は笑みを見せる。
「ある意味そうなりますが、このお江戸から離れるわけではありませぬ」
「では何を?」
「今はまだお話ししてもご理解頂けぬかと」