出奔の姫様(12)
千代は基子の腕を掴んでいる手に更に力を籠める。基子は威圧するようにギロリと千代を睨みつけた。千代もまた、負けじと睨み返す。そのまましばらく対峙していたが、やがて基子は溜息を一つ吐いて言った。
「私は城での暮らしに嫌気が差したのだ。自由にさせてくれ」
それが基子の本心であると示すようにその目には強い意志を宿していた。千代は掴んでいた基子の腕を放す。
「その自由が春陽殿の犠牲の上に成り立つとしても、基子様は平気でいられるのですか?」
千代は真っ直ぐに基子を見つめて問う。その言葉に、基子は目を見開いた。それまですまし顔で控えていた春陽が、慌てたように身動ぎをする。そんな腹心の様子を横目に見ながら、千代の言葉を黙考していた基子の顔からは、次第に血の気が引いていく。しかし、そんな基子の顔色などお構いなしに、千代は畳みかけるように言った。
「わたくし、春陽殿と取引をしたのです」
「……取引?」
その目にはもう威圧的な色はない。代わりに隠しきれない動揺が浮かんでいた。
「わたくしがお二人とも無事に城から抜け出せる案を考えますので、この企てを取りやめて欲しいと」
千代の言葉に基子の目が更に大きく見開かれる。
「其方、私を引き留めに来たのではないのか?」
「引き留めるか引き留めないかは、まだ思案中でございます。ですが、友の苦難にどうしても助力したかったのです。それに、直接お礼も申し上げたかったですから」
「礼だと?」
「ええ。吉岡家がお取り潰しになったおかげで、わたくしの縁談話も白紙になったと父より聞かされたのです。基子様が色々と動いてくださったのでしょう?」
千代は、基子の反応を窺うようにそう聞いた。しかし、基子は千代の言葉には答えずに、少し困ったように眉を下げた顔で小さく笑う。それはいつもの基子の笑顔だった。千代のよく知る優しい表情。荒れていた基子の心がいくらか落ち着いたように見えて千代はホッとする。
「ですから、次はわたくしの番なのです。基子様がお幸せに過ごしていけるよう、わたくしも力添えしたく存じます」
「力添えって……一体、どんな策があると言うのだ?」
核心を突くような問いに、千代はギクリとする。しかしすぐに笑顔を作った。
「そ、それはですね」
ぎこちない笑みを見せる千代に、春陽が溜息を吐きながら言った。
「お千代様、『妙案』があるのであればお早く。そろそろ私は皆の元へ戻らねば、それこそ企てが露見してしまいます」