出奔の姫様(11)
鷹狩用の男子の衣装を身にまとっている基子は、いつもの着物姿よりは動きやすそうに見える。しかし、だからといって崖を下ってくるなど、なんと無茶な。千代は基子に詰め寄った。
「蔓などいつ切れるか分かりませんのに。一体何をお考えなのです。このような危険を冒してまで……」
千代の剣幕に、基子は唖然とした表情をしていた。しかし、すぐに我に返ると、千代を宥めるように言う。
「千代、何故其方がここにいる?」
「何故って、基子様とあのままお別れなんて嫌だったのです。ですから、春陽殿にお頼みしてここまで連れてきていただいたのです」
千代は基子の質問に少し興奮してそう答える。しかし、その言葉に基子は眉を顰めた。
「春陽……どういうことだ? 千代宛の文を託したが、本人を連れて来いとは命じておらぬ」
基子は春陽の方に向き直ると、強い口調で問い質す。春陽は平然とした様子で頭を下げる。
「申し訳ございませぬ」
それ以上何も弁明を口にしない春陽に代わり、千代が二人の間に割って入った。
「わたくしが、無理に春陽殿にお願いしたのです。基子様、春陽殿をお叱りにならないで」
基子は驚いたように千代を見る。そして静かに首を横に振る。
「其方は私がこれから何をしようとしているのか、分かっておるのか? 私に関わるべきではない」
基子は困ったように眉を下げた。その顔には少し疲れが見える。
「基子様、御気分が優れないのですか?」
千代は心配になって基子の顔を覗き込む。基子の顔色が悪い。しかし、それを指摘する前に基子が口を開いた。
「いや、大事ない。気を張っている故、少々気疲れしているだけだ」
基子はそう言うと、小さく息を吐く。それからジッと千代を見つめた。その目には有無を言わせぬ力強さが宿っている。千代は思わず身を竦ませた。
「再び相見えることができて嬉しかった。だが、其方はもう帰れ」
基子のきっぱりとした物言いに、千代は目を見開く。今が再会の時を喜び合うような状況ではないことは千代にも分かってはいた。だがそれでも、ここまで来て帰るなどできない。千代は不承知の意を示すように、基子の目を真っ直ぐに見つめ返した。しかし、基子はそんな千代の視線を気にも留めずに踵を返す。
「御身を大事にして、達者で暮らせ」
千代は慌てて基子の腕を掴んだ。春陽が驚いたように止めに入る。だが、その制止を振り切って、千代は基子の腕を強く引いた。
「いいえ。基子様と一緒でなければ帰りませぬ!」