出奔の姫様(10)
頑なな態度を見せる春陽に千代は小さく溜息を吐いた。それから足を速めて春陽に追いつくと、二人は連れ立って森の中へ足を踏み入れた。
森の中は薄暗く、少し湿っぽい匂いがした。鬱蒼とした森の中を、枯草や落ち葉を踏みしめながら無言で歩く。千代の不安を助長させるように鳥がチチッと鳴いた。
千代はチラリと春陽を盗み見る。春陽は、基子との合流地点を目指して真っ直ぐ前を向いて進んでいく。その表情からは、何を考えているのか窺い知ることはできない。
(……基子様と落ちあうまでに、妙案が浮かぶだろうか)
千代の心に不安が過ぎる。しかし、ここで諦めるわけにはいかないのだ。千代は気を取り直すように首を振った。
春陽の先導で木々の間を縫うように山道を辿っていくと、やがて岩肌の露出した崖に行く手を阻まれた。千代は、驚いたように目の前の崖を見上げた。崖には幾多もの蔓が絡みついていた。道をまちがえたのだろうかと春陽の様子を伺うが、春陽は平然とした顔で蔓を引っ張っている。
(まさか、この蔓を使って崖を登ろうというの?)
千代は少し焦って周囲を見回す。千代は口達者でその辺の男などは可愛げなくあしらってしまうが、それでも女子であることには変わりない。千代は崖を登る技量も体力も持ち合わせていないのだ。
(到底無理だわ。どこかに上へ続く道はないのかしら)
千代は、道らしい道を探してキョロキョロと視線を彷徨わせる。
そんな千代の焦りをよそに、春陽はしばらく蔓を引っ張っていたが、やがて引っ張るのをやめた。そして崖の上の方を見上げる。つられて千代も上を見た。崖の上には木が生い茂っており、その向こうには空が見えるだけ。そう思っていたら、やがて下を見下ろす人影が現れた。それは一瞬のことで、人影はすぐに頭を引っ込めてしまった。
「お千代様、離れてください」
春陽の鋭い声に、千代は慌てて崖から距離を取る。それと同時に、上方からパラパラと小石のようなものが降ってきた。千代は驚いて頭上を見上げる。すると、丁度崖の上からひらりと人影が飛び降りるところだった。
言葉もなく千代が見守る中、その人影は蔓を頼りに軽い身のこなしで器用に崖を下りてくる。そして、危なげなくスタリと地面に着地した。
「基子様!」
千代は目の前に降り立った人物の姿を見て思わずそう叫んでいた。千代は基子のそばに駆け寄る。
「なんて危険なことをなさるのです。お怪我でもなさったらどうなさるのですか!」




