出奔の姫様(7)
千代の問いに、春陽は固い笑みを見せる。
「心配ございませぬ。これまでと同じ暮らしというわけには参りませぬが、
基子様が寝起きする場所は、既に確保してありますゆえ」
春陽の言葉に、千代は首を振る。
「それももちろん心配ですけど、そういう事ではなくて」
千代は納得がいかないという風に言い募る。
「計画が上手くいってもいかなくても、基子様はこれから先、今日のことを気に病んだり、心に傷を負ったりすることはないのでしょうか?」
千代が言わんとしていることを察して春陽は表情を曇らせた。しかし、すぐに頷く。
「それは、大丈夫でしょう」
「……本当に?」
なおも食い下がる千代に、春陽は苦笑した。そして言う。
「基子様はお強い御方です。きっと乗り越えることでしょう」
春陽は少し遠くを見つめた。その目はどこか寂しそうだと千代は思った。そして、はたと気がついた。
「今回の企みが上手くいく算段がお有りなのですね。しかもそれは、春陽殿の犠牲の上に成り立っている。そうでしょう?」
千代の言葉に、春陽はハッとしたような顔をした。そして目を伏せる。千代の疑問に春陽は答えなかった。しかし、その表情を見れば答えは一目瞭然だ。千代は顎に手を添えて何か思案していたが、すぐに春陽に向き直る。
「きっとこれまでもそうだったのね。城を抜け出す基子様の身代わりを貴女が……。だから今回も大丈夫だと仰るのでしょう?」
春陽は答えなかった。しかし、その沈黙が答えだ。千代は小さく溜息を吐くと、真っ直ぐに春陽を見つめる。
「これまでと今回では、事の重大さが全く違うではありませぬか。それなのに、今回のようなことをしでかして、誰にもお咎めが全くないと本気でお思いですか?」
千代の言葉に、春陽はそっと目を伏せる。
「……それも覚悟の上と言うわけですか」
千代は春陽に一歩近づいた。そして、そっとその頬に手を当てる。春陽が驚いたように顔を上げた。千代は真っ直ぐに春陽の目を見つめる。
「わたくしには、基子様が春陽殿の犠牲を受け入れてまでこのような事をするとは、とても思えないのですけれど?」
春陽は困ったような笑みを浮かべた。そして小さく首を振る。
「あの御方は、私は後から合流すると思っておいでです。私がそのように言い含めましたゆえ。ですがお千代様……これは私の意志でございます。私は、あの御方のお力になりたいのです。お千代様ならば、この気持ちを分かって頂けると思っておりましたが?」