出奔の姫様(5)
早朝のためか人通りはあまりなく、静かな道を二人は足早に歩いて行く。千代の心臓はドクドクと音を立てていた。逸る心をなんとか落ち着かせようと軽く深呼吸をする。
千代はこれからどうしたら良いのかわからなかった。ただ漠然と基子の力になりたいと思う気持ちと、また会いたいという気持ちだけが今の千代を突き動かしていた。友の助けになりたいのに、何の策も持たない自分の無力さが歯がゆい。千代は唇を噛み締めた。
「お千代様」
春陽の声に、ハッと我に返る。顔を上げると、心配そうな面持ちの春陽と目が合った。
「少々急ぎすぎましたか?」
春陽の問いに、千代は首を横に振る。
「大丈夫です。基子様のいらっしゃる場所まであとどのくらいですか?」
「そうですね。今のペースなら後四半刻といったところでしょうか」
それを聞いて千代は一度肩で大きく息をした。気を取り直して、心配ないと言うように春陽に頷いてみせる。
「急ぎましょう」
そう言うと、千代は歩むペースを上げた。春陽もそれに続く。
「あの、お千代様」
不意に春陽が口を開いた。千代は歩きながら春陽を見る。春陽は、言いにくそうに少し口籠もったあと、意を決したように口を開いた。
「私が言うのもおかしな話ですが……基子様のことを案じてくださり、ありがとうございます」
その言葉に驚いたような顔をした千代だったが、すぐにフッと表情を和らげる。
「そんなの当然ですわ。基子様はわたくしの大切な友ですもの」
春陽は千代の返事を聞き、小さく微笑んだ。そして言葉を続ける。
「基子様に貴女様のような友ができて本当に良かった。私は、基子様が幼い頃からずっとお側についておりますが、いつもお寂しそうだったので……」
千代は春陽の言葉に、基子のことを思いやった。
「そうでしょうね……。基子様の御立場では、わたくしには想像もつかないようなご苦労があったでしょう」
「……ええ。周りの期待に押し潰されそうになりながらも、懸命に耐えておいででした。誰にも御心を開かず、むしろ閉ざすことで懸命にご自身を守っているようでした」
千代は春陽の言葉に目を伏せた。初めて出会った日の基子の様子を思い浮かべる。思い出すのは、どこか他人を寄せ付けまいとしているかのような基子の姿だ。
「そんな御方が、貴女様には心を開いていらっしゃるようにお見受けしました。お千代様と出会ってからは貴女様の話ばかりです。本来の御姿で出来た友が、本当に嬉しかったのでしょう」