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出奔の姫様(3)

「お千代様。朝早くからご無礼いたします」


 千代が玄関に顔を出すと、春陽は深々とお辞儀をした。声の主が基子の侍女、春陽であることを予想していた千代は、特段驚いた素振りも見せず首を横に振った。


「良いのです。……それよりも、春陽殿がこちらへ来られたということは……」


 千代は緊張した面持ちで春陽の目を見つめた。春陽も表情を硬くして頷く。


「はい。本日、決行されます。文を預かって参りましたので……」


 春陽は懐に忍ばせていた文を千代へと差し出した。千代は差し出された文をじっと見つめる。黙ったままいつまで経っても文を受け取ろうとしない千代を不審に思った春陽が顔を上げると、覚悟を決めたような顔をした千代と目が合った。


「この文は受け取れませぬ」


 千代の言葉に、春陽は困惑の表情を浮かべた。


「受け取って頂かねば、私が基子様に叱られてしまいます」


 千代は首を左右に振る。


「この文を受け取ってしまったら、基子様を止められなくなってしまうから」

「止めるなどっ! お千代様はこれから先もあのお方に望まぬ道を歩めと?」


 途端に春陽の表情が険しくなる。眉根を寄せて千代を睨みつけるその表情からは、心の底から基子を心配し、千代を非難せずにはいられないという思いがひしひしと伝わってくる。千代は慌てて春陽を宥めた。


「いいえ。そういうことではないのよ。わたくしも基子様には基子様らしく生きて欲しい。それは春陽殿と同じ気持ちです」


 千代がそう言うと、春陽の表情が少し和らいだ。しかし、まだ不安は拭い切れないようで、春陽の表情は硬い。千代は一度大きく深呼吸をすると、覚悟を決めたように春陽の目を真っ直ぐに見つめた。


「春陽殿。お願いがあります。どうか、わたくしを基子様のところへ連れて行ってください」

「え……?」


 突然のことに呆然とする春陽の手を千代がギュッと握った。そして懇願するように言う。


「輿入れの話が白紙になったと聞きました。基子様のお力のおかげなのでございましょう? 基子様はわたくしを両親のもとに返してくださいました。感謝してもしきれません。基子様はわたくしの友であり恩人なのです。大切な御方です。そんな御方が、決して後戻りできない道を進むことになるのでしょう? わたくしなどに何ができるかは分かりませぬが、やはり、わたくしはお力になりたいのです。どうか、後生ですから」


 春陽は動揺したように視線を左右にさ迷わせる。千代の勢いに圧倒されたようだった。

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