禁秘の姫様(19)
「姫様!」
太郎が慌てて千代の手を取る。千代の意識が自分へ向くよう太郎は千代の手を強く握った。
「姫様、どうか気を静めてください」
太郎に諭されて、千代の周りで起こっていたパチッパチッという小さな破裂音が次第に収まり、千代の青眼も元の色へと戻った。太郎は安堵の息を吐く。
「まだ覚醒されていないのに、お力を使うなど危険です。力が暴走でもしたらどうなさるのですか」
「……ごめんなさい。少し取り乱してしまったわ」
そう言う千代の手は酷く冷えていた。太郎は少しでも千代を温めてやろうと、両手で包み込むようにして千代の手を摩する。しばらくそうしていると、太郎の手の温かさに心が落ち着いたのだろう。千代が口を開いた。
「今のが覚醒なの?」
太郎は少し考え込んでから首を横に振った。
「姫様のお力が少しずつ目覚めているのでしょうが、完全に覚醒されたわけではないでしょう。私のときは、誰に聞くでもなく一気に全てを理解できましたから」
太郎の答えに千代は眉根を寄せた。先ほどは底知れぬ闇に飲み込まれてしまったかのように自分自身が分からなくなてしまった。千代はそんな状態が酷く恐ろしかった。もし完全に覚醒したならば、自分はどうなってしまうのだろうか。先ほどのように怒りに支配されて我を忘れてしまうのだろうか。それとも、自分の意識とは関係なく未知の力を暴発させてしまうのだろうか。千代はブルリと身震いをした。自分が自分でなくなってしまうことほど恐ろしいことはない。
千代の強張りを感じ取った太郎は、困ったような笑みを浮かべた。太郎は、タロックとして覚醒したその日から信じて疑わなかった。千代も自分と同じようにすんなりと本来の自分を受け入れると。チヨナは星の継承者として星を導き、守り、支える存在。自分はそんなチヨナを守り、支える。それこそが来たるべき未来。そう信じていた。
しかし、どうやら千代は覚醒することを現時点では受け入れてはいないように見受けられた。千代が望まないのならば、致し方ない。自分もそれを受け入れよう。千代でもチヨナでも心を捧げて仕える相手は変わらない。心の内に込み上げてくるものはあったが、太郎はそれを静かに飲み込んだ。
「姫様。今はただ心安らかにお過ごしください。覚醒をしようがしまいが、姫様は姫様です。何も変わりません」
「太郎……」
微笑む太郎を千代は見つめた。太郎はいつからこんなに優しい顔をするようになったのだろうか。