禁秘の姫様(18)
「親に敬意も払わず、それどころか反抗したなど、恥ずかしくてとても姫様にはお話しできませんでしたから。父上に歯向かったのは、後にも先にもその一度限りです」
太郎は、当時の自分の幼さや愚かさを恥じているようだった。
「そう。それでどうして、ろぐ? は今、太郎の手元にあるの?」
太郎は目を伏せる。
「私のあまりの立腹に驚いた父上が質屋から慌てて引き取ってきたのです。町を駆け回り、子どもの私を必死に探している父上の姿を陰から見ていたら、流石にばつが悪くて。結局、私は父上と共に家に帰りました。その時、父上が済まなかったとこれを返してくれたのです。手元に戻ってきたログストレージを見た私は、それまでとの違いに気がつきました」
「違い?」
千代が問うと、太郎は小さく頷いた。
「それまでただの文様だと思っていたものが、文字であることに気がついたのです。見たことのない文字。しかし、それを読むことができる。それだけではなく、これまでこのログストレージが見せていたものが自身の故郷であること、私が姫様の騎士であり許婚という立場にあることを唐突に理解したのです。封じられていた記憶が目覚めたというべきでしょうか」
千代は太郎の話を聞きながら、もしかしたらと一つの考えに行き着く。
「とても強い怒りを感じたら覚醒するということ?」
千代が疑問を投げかけると、太郎は少し考え込むような仕草を見せる。そして千代の心中を察したのか、やがて太郎が口を開いた。
「おそらく、気持ちが大きく揺れ動く事がきっかけなのではないでしょうか。それにはもちろん怒りも含まれると思います。姫様にも大きく感情が揺れる時がございましたか?」
千代はその時のことを思い出してギリッと唇を噛み締めた。青眼がいつかのようにその色を濃くする。
「……あったわ」
千代の脳裏に浮かんだのは、今は千代の義父となった旗本の吉岡が、井上家へ乗り込んできたときのことである。事の発端は自身の浅はかな行いが原因だったとはいえ、父や母に対して権力を笠に着て怒鳴り散らし、千代自身にも汚らわしい視線を当然のように向けてくる吉岡の姿に激しい嫌悪を感じたのだった。
「あの時、わたくしは言いようのない怒りに我を忘れそうになったもの」
千代はその時の事を思い出して身震いした。あの時の感情を思い起こせば起こすほど千代の青眼は色濃くなる。それと同時に千代の周りではパチリと空気が爆ぜるような小さな音が上がった。