禁秘の姫様(16)
それは、短くて静かな問いかけだった。だが、千代は彼女の思いの全てを受け取ったような気がした。子を案じた親の声。いつも志乃が千代にかける声音に似ている。千代は何も答えてやれないことにもどかしさを感じた。そっと太郎を見る。太郎は絵から目を逸らさずにじっと見入っている。
「タロックには、本来ならば親である私共が手本となりナイトとしての心得を、そして王族である姫様の隣に並び立つ婚約者としての立ち振る舞いを教え育てるべき。ですが、それは現状とても叶いそうにありません。お許しください。私共に出来ることは、今の姿をこうして映像として記録に残すことくらいです。これが姫様とタロックの成長にどれほどの助けになるかは分かりません。このような戦禍を子どもたちに見せるものではないという意見もありました。ですが……私は姫様とタロックに見て欲しかったのです。自分たちの故郷を。親が命をかけて戦う様を。それがいつかあなた方の力となることを願って。……姫様、どうかタロックと共に強く生きてください。いつか直接お会いできる日が来ることを心より願っております」
タロックの母の声が途切れたその時、また絵の中が大きく揺れる。そして、ザザザッと砂嵐のような音が続いたかと思うと、それ以上声は聞こえなくなってしまった。
動く絵はそこで終わった。息を詰め続きを待ってみたが、それ以上はうんともすんとも言わない。千代は太郎を見た。
「これで全て?」
「その様です」
知りたかったことは知れたはずなのに、何処か腑に落ちない。千代は不思議な胸騒ぎを感じながらも、確認するように太郎に問いかける。
「突然のことで何が何だか……。わたくしはチヨナという名で、タロックと言うのが貴方のこと……なのね」
「ええ」
「不思議ね。今の名とそれほど違わないわ」
ふふっと笑みを零した千代を、太郎は少し意外そうに眉尻を下げて見つめ返した。
「あれを見たら、姫様はもっと取り乱されるかと思っておりました。その落ち着きぶりは、やはり覚醒されているのではございませぬか?」
太郎の言葉に千代は首を横に振る。
「わたくしには、まだ何が何だか分からないわ。太郎の言う覚醒がどのような状態なのかも。でも、あの絵の人たちがとても気になってしまったの」
「左様でございますか」
千代はもう一度、絵を映し出す三角錐の塊を見た。本当に不思議な体験をしたものだ。夢の中の出来事だったのだろうかとさえ思えてくる。