第9話 毎秒ボソッと心中したがる隣の冬姫さん
あの天真爛漫で無邪気に教室ではしゃいでいた姿は消え失せ、覚悟ガンギマリのイケメン女子に変化した夏織。あの母親そっくりである。
それはそれでさらに人気者になるだろうが、俺へのヘイトはさらに溜まる一方だ。
現に、教室に帰ったらクラスメイトらが視線だけで殺されそうだしさ……。まぁすぐに授業が始まったから、一旦は撤退してくれて助かったが。
「はぁ……けど、次の休憩時間が怖いな」
「ふふ、このクラスの皆さんは面白いのですね」
「……奴らの殺意が孕んだ視線を感じ取れないとはねぇ。自慢の審美眼が腐っちまったか? 冬姫」
隣の席から話しかけてくる冬姫。
転校生の席が自分の隣というなんともラブコメっぽい展開で、普通の人なら大喜びだったろう。だが、俺にとってはこの状況が胃痛の原因加速装置だ。
持ってくれよ、俺の胃ィ……!!
「審美眼は腐っていませんし、殺意が含まれていることもわかっています。美しいと、思いませんか? ワタクシたちへの呪いはもはや祝いです。早く心中しろと言っているようでとても嬉々と――」
「わかったわかった! 発言を撤回するからもう黙れ! シィーッ!!」
授業中だというのになかなかの声量で喋る冬姫。周りからチラチラ見られているし、遠くの席から見ている夏織は……。
「ぐむむむむむむむむ!!!」
い、いかん。「絶対守ってみせる」と言った人とは思えないほどの鋭い眼光で睨んでる。怖ェ……。
だが妙なことに、先生は苦笑いをするだけで注意はしてこない。さては冬姫、自慢の財閥家をいいことに何かやったか?
「せ、芹十君。そんなにジッと見られては照れて熱くなってしまいます。ワタクシたちの体温は冷たくならなければならないのに……♡」
「心中後を妄想すんじゃねぇ」
時々どころか、毎秒ボソッと心中したがる隣の冬姫さん。こんなラノベが出版されたら買う人いるだろうか? ……いやぁ、俺は普通に気になって買っちゃうね。
ってそうではない。こんな状況は早く終わらせなければ身がもたない。後々のことを考えても、すぐさまやめさせなければならない。
(……うわ。しかも夏織からメッセージが大量に来てら……)
授業中にスマホを触るのはご法度だが、耐えられなくなったのか夏織は俺にメッセージを送り続けている。
《かおり:芹十大丈夫?》
《かおり:ソイツは後で対処するから耐えて》
《かおり:(怒る猫のスタンプ)》
《かおり:それはそれとして、後でオハナシしようね》
うーん。峠を越えたとてまた新たな峠が参戦してくる、と。なんだこの人生……面白ぇな。
俺は現実逃避をした。
「芹十君、教科書が見えづらいのでもっと寄りますね?」
「え、ちょっ!?」
まだ教科書がない冬姫のため、机をくっつけていた。だが、冬姫は椅子をガタッと動かして俺にピタリとくっついてくる。
そして、腕に抱きついてきた。まるで《《上書き》》をするように……。
「ふ、ふふっ。えっと、芹十君の腕、ゴツゴツしてますけど安心する……み、みたいな。えへへ、癖になっちゃいそうです」
色白な冬姫の顔が、茹で蛸のように赤く染まってゆく。
《かおり:法が無かったら今頃私は怪物になってたかも》
まずい、夏織が殺意の波動に目覚め始めている。夏織が対処すると言ってくれていたが、授業中故にそれを許さない。俺が対処をしなければならないということだ。
俺は脳みそをフル回転させ、対処法を探す。
(くっ……高級そうなシャンプーの香りが漂ってくる! チィッ、おのれ煩悩めェ! 除夜の鐘ぶっ叩き大会を誰か開いてくれーー!!)
思春期男児、女子に抱きつかれてまともな思考が働くはずもなく。
そしてぐるぐると目と頭を回していると、一つの突飛な作戦を思いついた。
(冬姫は心中したいんだし、めちゃくちゃ生きてるということを伝えればいいのでは? 脈を計らせる……いや、心臓の鼓動を聞かせるが吉か)
冬姫は大胆な行動とは裏腹に、照れやすい性格をしていると見た。今も上書きをしている最中であるが、顔が真っ赤で慣れない様子でおどおどしているし。
ここで俺が冬姫を上回る行動をすれば、彼女を無力化できるのでは?
そう思った俺は、早速行動を開始することにした。
(幸いにも一番後ろの席だが、視線を集めているのは確かだ。機会を待つんじゃあなく、作るしかないな)
俺はたまたまポケットに入っていた小銭を取り出し、指でピンッと弾いて前の方がまでコロコロ転がす。
授業中というのは、何かと音に敏感になる。突然開いた教室の扉然り、筆箱を落とした時然り……。想定外の音がというのは視線を集めるものだ。
よって、あの転がる小銭が衝突した時はさぞ視線を集めるだろう。
――チャリーーン!
前の方で小銭の音が響いた。瞬間、視線が一斉にそちらに向く。
(よし、今だ!!)
俺は抱きつかれている腕を解き、ぐいっと冬姫を抱き寄せて左胸にポスッと顔を当てた。
「はぇ……? は、はわわわわわっ!?!?」
十分に心音を効かせた後離したのだが、先程よりも顔が真っ赤になっている冬姫の姿がそこにある。
真紅の瞳が霞んでしまうほど火照った顔をしていた。
「あ、ぇ……そ、そのっ! ここ、今回は芹十君の勝ちでいいですからぁ!!」
「え、勝負?」
俺の教科書を奪い去り、机に突っ伏して教科書で顔を隠す冬姫。
よくわからないが、いつのまにか勝負にも勝ててやったぜ。これでライフが一追加ってことでいいのだろう。
ドヤァッと勝ち誇った笑みを浮かべていたのだが、ふと前の席を見てみると《《般若のような顔をした夏織がいた》》。
「あ、アァ……今から入れる保険探しとこ〜〜ット……」
峠を越えた先の峠は、前者よりも高そうだった……。