第5話 キャパオーバーヒート
一時的に質問攻めから解放され、俺は自分の席に座ることができた。しかし、なぜか夏織は背中から俺に抱きついて離れようとしない。
背中に伝わるアレの感触や、甘い匂いが後ろから漂ってきて気が気でなかった。
後ろからハグされるなんぞ男児ならば一度は憧れるシチュエーションだろうな。けど、今はただただクラスメイトが怖い……。
「あの〜、夏織さんや? ちょっと大胆すぎやしませんかねぇ……」
「……芹十、やっぱりいやだ……?」
「うっ! 嫌……では、ないが……ッ!!」
「そ、そっか。えへへ、うれしいな♪」
それはずるいだろう。顔は見えないが、声色がいきなりしおらしくなって心がキュッてなったぞおい。
さらには嫌ではないと言った途端、あからさまに声のトーンが上がって抱きしめる力も少し強くなる。
洗練された昔からの幼馴染でなければイチコロだったろうに。
「はぁ……いつまでそうしてるつもりだよ」
「いつまでも?」
「授業が始まったらどうするつもりだ」
「……先生を諭す」
「諭される側はお前だろうが!」
流石にそれは許されないだろう。……いや、でも今朝みたいに泣かれたら先生も折れてしまうのでは……?
最悪の可能性を考えて行動することが多い俺は、そんなことを思った。なんとかせねばと思考を巡らし、一つの案が思い浮かぶ。
(そうだ、〝押してダメなら引いてみろ〟ってあるしな。よ〜し、恥を忍んでやってやらぁ!!)
俺も恐らくまともな思考回路ができていないのだろう。後先考えずにただ目の前の問題を解決しようと思っていたのだ。
「夏織、ちょっと来てくれ」
「……? わかった」
俺が席から立ち上がると、移動形態(腕抱きつきモード)に移行する。
クラスメイトやらに追いつかれなよう、駆け足で人気がない階段の踊り場へと移動した。
「芹十、どうしたの?」
「一旦離れて、俺の前に立ってくれ」
「えっ、え? わかった」
頭の上に疑問符を浮かべながら、俺の腕から離れて目の前に立つ。名残惜しいのか、俺の制服の裾をつまむ姿に悶えそうになる。
一旦離れてもらうことに成功だが、これだけではまたすぐに抱きついてくる可能性がある。なので、作戦を実行しよう。
両頬を叩いて気合を注入し、ふーっと息を吐いて覚悟を決める。
「よし……じゃあ行くぞッ!!!」
「え、な、何をっ!!?」
――ギュッ!!!
俺は思い切り夏織にハグをした。
押してだめなら引いてみろというわけで、受け身ではなく攻めの姿勢を見せようという作戦である。離れ不安なら、今のうちに全力チャージをさせるというものだ。
まぁ……昔はよくこうしてたし大丈夫だよな。いや、でもお互い高校生でこれはやばい状況なのでは……?
冷静になった俺は、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「あ、え……っ!? あ、ぁうあ……はわ……!」
対して夏織の目はチカチカしており、茹でダコのように顔が真っ赤になっている。だが、 俺を抱きしめ返す力は尋常でないほど強かった。
「よ、よし! 終わり!! 流石にもう十分だろ? だから離れ……あの、夏織……?」
「え、えへへ……せりと好き……♡」
「んんん???」
俺はパッと両手を上げてハグを中断した。しかし、俺がやめただけであって、夏織は一向に離れようとしない。彼女の目はトロンとしていて、スリスリと顔を擦り付けていた。
なんだか悪化しているような気がするんだが……。
何か策はないかと脳みそをフル回転させるが、絶望の音色が聞こえてくる。
――キーンコーンカーンコーン。
「やべぇ、朝のHRもう始まるじゃねぇか! おい夏織! 離れろ!!」
「えへ、えへへ……♡」
強く抱きしめすぎたのか、夏織の息は少し荒く、紅潮した顔。さらには先ほどとは違う満たされた様子……。
このままではクラスメイトから「エッチなことしたんですね?」って言われる未来が見える。さらには粉微塵にされる俺の姿も見えた。
かと言って、このまま抜け出したらさらに疑われるだろう。
うーん。詰みじゃねぇか。
「くっ……! とりあえず教室行くしかないか。まぁ何とかなるだろ!」
ケ・セラ・セラの精神というか、もう思考を放棄している。
コアラのように離れようとしない夏織を連れ、俺たちは教室に戻った。教室の扉を開けると言わずもがな、クラスメイトに珍獣でも観るような視線を送られる。
先生ももういるし……運が悪ければ職員室直行コースに突入かもしれないな。
「松浦に汐峰……。お前ら朝から何してんだ」
「いや、先生違うんです。これは新種の引っ付き虫ですヨ〜?」
「ははは、そうかそうか。二人とも、あとで職員室に来るように」
「ひぃん」
あまりにも早すぎるフラグ回収に、俺は涙をの飲んで不条理な現実を受け入れた。