【1-8】戦闘技術と
「ルブルムクラスの諸君! 今日は待ちに待った戦闘技術の授業だ!」
城内のはずれにある広場に集まった20人は、それぞれ武器を携えながらイーグル先生の号令を聞く。入学してようやく、初めて実技の授業が始まったのだ。戦闘技術の授業自体は開講されていたが、今までは座学メインで、ようやく体が動かせるということで、皆が一様に浮き立っている。
「座学でも言ったが、これはあくまで授業という形をとっているが、諸君らの生存のために必要な技術である。だから決して気を抜いてくれるなよ。訓練で死んできた者たちを私は何人も知っている。本気でやっていただきたい!」
脅しのように聞こえるが、これは彼女なりの親切心であるのだろう。実際に、この世界での命は軽い。旅をして猛烈に実感した。森の中、洞窟の中、ダンジョンの中、挙句は街の中であろうと、人は簡単に死ぬ。魔獣が蔓延るこの世界では、どこぞに現れるやつらによってやられる人たちをよく見てきた。だからこそこの世界では戦闘技術というものが重要視されており、その技術の高い者たちを重宝するような兆候がある。
まずは、と4人1組をつくるように言われ、近場にいた3人と組みを組んだ。リオン、アレクサンドル、カレンの3人だ。
「よし、それでは今組んだ4人で組手をやってもらう。まずは1対1の組手で、組の中で2組作ってそれぞれ始めてくれ」
「じゃあ、まずはどの2人にしようか」
「んー私とスキルにしよ。私たちならやりなれてるし」
「了解」
おれとリオンで向き合って、各々の武器を魔術によって取り出す。
現代魔術でもっとも一般的に広がっている術式で、自身の得物を魔術によって圧縮し、収納する魔術だ。さすがに異空間に収納するレベルのものとなると、一般的に流通していないが、アクセサリー程度のサイズには圧縮できる。おれは、腰に巻くベルトからぶら下がるアミュレットに圧縮している。
アミュレットから展開される得物は刀。外帯も込みで収納されており、腰に帯びる形で顕現される。刀身はちょうどおれの片腕分ほどの長さで、自分にとって取り回ししやすい長さの刀だ。
一方リオンは、右腕につけるブレスレットから短剣を展開した。ガードに簡易的な装飾のついた銀の短剣だ。刃の長さは両手を広げたぐらい。身軽な彼女にピッタリな武器だ。
「じゃあ、始めようか」
互いに防護魔術をかけて、ケガをしないようにする。これも基礎的な魔術の一つで、刀傷や打撲などを吸収してくれる魔術だ。たいてい耐えられる攻撃の強度というものが決まっており、こういう模擬戦闘の時には、それを超える攻撃を与えた方が勝ちという決まりだ。
おれは刀を抜き、正中に構える。
リオンは軽く腰を落とし猫背になり、得物の有効範囲を見極めた体制でいる。
基本的には得物は長い方が有利であると考えられる。長ければ長いほど、相手の手が届かないところから攻撃ができ、一方的に攻めることができるからだ。しかし、実際の対人戦はそうとは限らない。長い武器を使う者の間合いの内側に入ってしまえば、一方的に攻撃ができてしまう。
短い得物を使う者はいかにその間合いの内側に入るか。
長い得物を使う者はいかに間合いを保って相対するか。
なので、やはりその人がどれほどできるのか、結局は力量次第で、得物の長短は勝敗に関係しないということだ。
とは言うが、実際の武器術で考えると、おれとリオンとでは、おれの方が優っている。経験値も違うし、男女差もある。やはり体格は大きな要因だ。リオンは女子のなかでも華奢な方だ。
リオンがその実力を発揮するのは魔術も込みで戦うところだ。使い手の少ない光魔術を駆使しながら、風魔術主体の付与を絡めながら、手数を稼ぐスタイルは、相手にすると集中力が必要だ。多くの攻撃を凌ぎながら自分の攻撃を入れていかなければ、いずれジリ貧になって押し込まれていってしまうし、集中を欠いた瞬間を見逃さずに強力な一撃を入れる強かさも彼女にはある。
互いに見つめあいながら、そんなことを考えていると、リオンのいくつかの付与魔術が全身にいきわたり、風が辺りを包み始める。
おれは水の付与魔術を刀にまとわせ、無系統の身体増強魔術を付与する。
地面を蹴る音がすると同時に、リオンの身体がすでに間合いの中に入ったことを認識する。
しかし、認識した時点でもうこちらが遅いことは分かっているので、魔力を全身にまとって、爆発するようなイメージで放出する。まとまった量の魔力は、それを放出するだけでも1つの攻撃手段になりえるのだ。
その魔力の放出に押し負けて、短剣を振る右腕は吹き飛ばされ、リオンは身体のバランスを崩した。
その隙を見逃さず、右脇をめがけて刀を薙ぐ。
突風を起こす魔術で自分の身体を無理やり押しそれを回避した。
1合。
回避したと思った瞬間には距離を詰めていて、すでにおれの脇腹めがけて短剣が迫っていた。
それをなんとか刀で凌ぎ、互いに距離をとる。
「……前より強くなったんじゃないか」
「うん。この3週間で学んだことがここまで活きてるよ」
「……さすがだ」
本当にリオンは勉強熱心で、学んだことをすぐ活かせる秀才だ。この才能には関心しっぱなしだ。
「さすがに、あれはなしだからさ。ちょうどいい機会だと思って、いろいろ試行錯誤したんだ」
あれ。
あの旅の中で手に入れた力。
それは古代魔術に属する魔術で、使用したら絶大な力を得てしまう。学生の時分で使うような代物ではなく、国王にも滅多なことがない限り使わないでくれと釘を刺されている。
よし、次、と吸い込んだ息を勢いよく吐き出し、八相に構える。
一方リオンは半身になって短剣を隠すように構えた。
口の中で何かを唱えた。
詠唱しているなら大きめな魔術を使ってくるだろうと、なんにでも対応できるように、おれはさらに刀に魔力をまとわせる。
「……ウィンドカッター」おそらく、おれからは見えていない短剣に風の刃がまとわれたのだろう。これで完全にリオンの得物の間合いがこちらからわからなくなった。
次はこちらから仕掛けていこうかと、リオンの呼吸の合間をとって、間合いを一気に詰める。袈裟に刀を振り下ろす。
リオンは半身を入れ替え、袈裟に振り下ろされるおれの刀の軌道に短剣を合わせた。
勢いに弾かれおれの刀は軌道を外されるが、弾かれた勢いを利用して反対の袈裟に薙ぐ。
しかし、すでに入り身が終わっているリオンは、おれの首にめがけて短剣を振るっていた。
ほぼ同時に攻撃がはいり、防護魔術を超えたフィードバックが身体にはいる。
「……っ!!」首に強打を食らい、息が一瞬詰まる。
「……んっ!」リオンは、右脇にはいった攻撃に少し息がつまったような声を出した。
軽くむせながら、リオンに負けを認める。
「一本取られた……。普通に痛い……」
「……やった、! うまいこといった!」
「最後のはリオンっぽくない動きだったな。なんかニアとかクラウドとやってるときみたいだった」
「でしょ。剣術もちょっと練習中なの。スキルには内緒でね。でも、食らっちゃったは食らっちゃったからなぁ」
「あそこで、もう少し踏み込んでおれの内側に入れていたら、おれの刀は届かなかったと思う。首をきめにいくぐらいの勢いで入っていくとよかったかも」
「あー! なるほど。こうして右で踏み込まずに、左で踏み込みにいく感じかな?」
「そうそう」
反省会をすぐさま始めていると、もう2人のペアがキョトンとしていた。
「ふたりとも、なんか、レベルちがくない?」
空いた口が塞がらない様子のカレンは、おれたちを交互に見ている。
「うむ。我が国の中級兵ぐらいなら競いあえるのではないか……?」
アレクサンドルは腕を組みながらうなずいている。
「そんなことないぞ」
「うんうん。私たち、そんなに強くない」
「そろそろ全グループ終わっているな! では次のペアがやってくれ!」
イーグル先生の号令で武器を出すカレンとアレクサンドルの2人だが、どこか釈然としない様子で組手を始めた。