【2-20】殺人鬼と復讐者と(3)
「復讐、なんて、って」
「私、知っているよ。クラウドが何をしていたか」
「……どこまで?」
「んー。とりあえず、外行こっか」
家から出て、広場まで向かった。
ポーター道場に行っているころ、よくリンと一緒に行くことがあった場所にほどなくたどり着いた。
なんの変哲もない、いくつかのベンチがあり、大きな木が中心に生えている、周りに住む人らが自然と集まる、そんな場所だ。
何も変わっていない、と思ったが、それもそのはずだ。
ポーター道場に行っていたのは、ほんの数か月前であり、何かが変わるほど長い年月が経っているわけではないのだ。
ただ、俺が復讐心に駆られて行動をしていたから、周りが見えていなかったのだろう。
俺は変わったのに、この場所は全然変わっていない。
「私ね。クラウドのことは結構わかっているつもりだった」
2人並んでベンチに座り、この景色を見る。
どことなく重い空気が流れていた俺たちの沈黙を破ったのは、女の子にしては低めのリンの声だった。
「わかっている、っていうのも、剣を通じてわかっているつもりだった。剣を交わすうちに、剣のようにまっすぐな人だって知った。日常を一緒にするうちに、年相応の子どもらしさもあるって知った。お父さんが亡くなったって知ってから、クラウドのおうちにお邪魔することが増えたけど、その辺りから私の知っているクラウドじゃなくなっているのに気付いた」
そうだろうか。
俺としては、自分自身が大きく変わったつもりはなかった。
昔から、ひとつ決めたことをやるということは変えてきたことはない。剣を始めた時は、ただ強くなることを目標に、剣を振った。父が死んでからは、その真相を明らかにするために行動した。そのどちらもが、ただひとつの目標を達成するためにしていた。
つもりだ。
「クラウドの剣は、もう以前の剣とは違うものになっている」
つもりだった。
俺のなかではなにも変わっているつもりはなかったし、これまでも、これからも、今だって同じように剣振っているつもりだった。
しかし、このリンの言葉がどこかひっかかるものがあった。
ハッとさせられた。
「今、クラウドは剣を振るときに何を考えているの?」
この質問に返す言葉が皆目なかった。
いや、質問に返す言葉はあった。いくらでもあった。
どうやればこのどこにもやりようがない気持ちを発散できるのか。
もっと強くなれば、俺の復讐は達成させられるのか。
どうすれば効率的に相手を殺すことができるのか。
なぜ父だけが殺されなければいけなかったのか。
そこまで思ってから、考えなおした。
俺は、以前なにを思って剣を振っていたのか。
ただ強くなることだけを思って剣を振っていたのではないか。
ただ、父を超すという目標を達成するためだけに剣を振っていたのではないか。
「――剣を手段にしていた」
「――もともとは目的だったはずなんだ」
「――ただ、剣で強くなりたかっただけなのに」
「クラウド、全部教えて? 私、こう見えてもあなたよりはまだ強いんだから」
だから、私にも背負わせてよ。
と視線で訴えてくれた。
それから、堰を切ったように、言葉が口から零れ落ちた。
ポーター道場から帰って、父が死んでいるのを発見してからのことを。
復讐心に駆られて行動した結果、その復讐相手の強大さに辟易として、諦めたことを。
そのほとんどすべてを、リンは知っていた。
どこで何をしていたかは知らなかったようだが、なにを思って行動していたかは把握していたようだ。
ひとつひとつの出来事や思ったことに対して、深く頷き、俺の考えを整理してくれるように言葉を返してくれた。
「……復讐はもうあきらめたんだよね? 私は、まだ全然クラウドの中の炎は燃えているように見えていたから、ちょっと心配だった」
「うん。…………いや。諦めていなかった。諦めたように振舞っていた。自分をだまして。そうでもしないと心が守れるように思えなかった。目標だった父がいなくなって、しかもそれはどうしようもない大きなものによってもたらされたことで、だから、自分を保つことがわからなくなっていた、と思う」
「諦めないのは別にいいと思うんだけど。それもクラウドの生き方の一つだし。だけど、それでクラウドの剣がまっすぐ振るわれなくなるというのは、私は好ましくないと思う。クラウドの剣、私好きだから」
――――――
それから、自分の剣について考えることが増えた。
俺の元々の剣はもっとまっすぐなものだったと、リンは言った。
迷いも悩みもない。
俺、クラウド・ローバーの剣はそういう剣だった。
しかし、今は違う。
余計なことを考えて、目標の為に剣を振るわけではなくなった。
剣で強くなるということが目標ではなく、剣で強くなって復讐を成し遂げるという手段になった。
そういう剣は、剣士リン・ホワイトは好ましくないと評した。
まっすぐな剣を振る俺を、同じ門徒の剣士として認めてくれていたのだろう。
それでも、今の俺の剣を、リンは完全に否定しなかった。
それならそれでもいい、と。
なら、それに甘えてしまうというのもいいのではないか。
考えが変わったからといって、剣筋が変わるわけではないだろう。
目的が手段になったところで、剣の腕が鈍るわけではないだろう。
そうして俺は、剣に向き合うことから逃げてしまった。
すべて、今の自分を見つめることができずに出てくる、詭弁でしかないということに気付きながら。
俺が振っていた剣というのは、復讐をしたいが復讐を為しえない、なまくらになってしまったのか。
――――――
またしばらく月日が経った。
自分の剣のことがまったくわからなくなってしまって、それでも剣を振るぐらいしかやれることがなくて、ただいろんなことを考えながら、悩みながらそうしていた。
週に2,3回程度、リンと稽古をして、生活を送っていた。
そうして過ごしているうちに季節も廻っていき、冬になった。
何着か着こまないと出歩けないぐらいには寒く、外で稽古をするには少し厳しい季節になった。
それでも、俺とリンは近場の広場で剣を重ねた。
どんな環境でも戦えるようになりたいというリンの要望や、それに同意した俺はそれにつきあう形でやっている。最初の内はなかなか大変なことだったが、慣れてくればマシになってきた。リンの最初に言ったどんな環境でも戦えるようになりたい、というのは、結構大切な考えで、本当の強さを求めるのならやるべきことだと、日々の稽古の中で考えた。
これまでというと、道場の中で空調魔道具によって過ごしやすい室温で稽古していて、心地よく稽古していたが、そんな環境では戦えなくなるという考えに至ったというのは、リンの剣に対する真摯な姿勢によるものだと思う。
父の道場には、ごくまれに行くことにしていた。
師範代を務めていた高弟は、それよりも上の立場の人がいなくなって師範に昇格することも容易になっていたのだが、彼は頑なに師範にはならなかった。
それも、彼自身の崇高な思想があってのことで、俺はそれに口を出すことはしなかった。
ごくまれに言って、師範代と剣を交えて、他の門徒たちと稽古をする。
そうして1日を終え、飯を食べ、家に帰る。
父が生きていたころのように、母がみんなにご飯を振舞って、和気藹藹と話しながら食事を取る、というような日ではなくなったが、それでもこの道場の元々あった形になっていくのが感じられた。
ある日、道場に言った日、一通りの稽古を終え、みんなで談笑していると、師範代に呼ばれた。
「話っていうのはなんですか?」
「クラウド、言うか言うまいか迷っていたんだが、君に言わないといけないことがあって、呼んだんだ」
「と、言いますと?」
「君の復讐心だとか、ある程度心の整理がついたころじゃないと伝えられないと思って、伝えあぐねていたんだ」
師範代は、どこか言いづらそうにしている。
そんなに心の重荷になるようなことを黙っていたのだろうか。
これまで接してきて、そんなような素振りは見せたこともなかったが、よっぽど大きな事柄なのだろうか。
「君の父上、ぼくの師でもあるジョン・ローバーについてのことなんだ」
「彼は、モルラーミナ、例のキールも所属していた殺人集団の頭首だった」




