【2-18】殺人鬼と復讐者と(1)
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殺人鬼キールの根城は、首都アウェシスの南部にある、アウェシス湖の湖畔にあると掲示場にてアルベルトから教えてもらった。
俺の住むところからは少し距離があったが、それでも、俺1人の力だけで行けると判断して、単身そこへ向かった。
アウェシス湖は、このアウェシスの象徴的な場所であり、この湖を背にして戦ったとされる英雄の話は、この国に住む人なら誰でも知っているほどだ。
街に隣接している方は、公共の施設があったりして栄えているのだが、一方湖の向こう側は鬱蒼とした森になっており、そちら側の管理までは行き届いていない。
それが原因か、ならず者や、都市での生活が肌に合わない人たちは、そこに逃げ込むように移住し、ちょっとした集落を形成しているようだ。
そこにキールがいるという。
湖を迂回して、街を抜けると、不快なにおいが立ち込めるようになっていき、簡易的に作られた掘っ立て小屋ばかりになってくる。ちょっとでも揺れたら倒壊してしまうような建物ばかりだ。
その小屋からの視線を感じるが、そのすべては恐れのような感情が大多数だ。こちらから何かをしなければ何もしない。何かしてきそうなら逃げる準備をする。何かをしたら蜘蛛の子を散らす勢いで逃げていく。そんな、警戒の視線だ。
もちろん、街中ではないので、治安が悪いというのは聞いていた。
しかし、この雰囲気は、強気に出ていれば、何か危害を加えられるということはないだろうと思えるものだ。
小屋の間を進んでいき、アルベルトにもらった情報の場所に着いた。
この集落の中ではちょっと立派な建物だった。揺れたぐらいじゃ倒れなさそうなぐらい。
ここまでの小屋とは違い、生活感みたいなものはあり、きちんと人が住んでいるというのが感じられるような雰囲気がある。
扉の前に立ち、深呼吸をする。
この前もらったばかりの大剣、峰雲を展開し、いつ戦闘になっても大丈夫なように準備する。
稽古での模擬戦闘を行ったことはあっても、実際に殺し合う戦闘はしたことがなく、感じたことがないような気持ちになっている。緊張というのか、恐怖というのか。極限の感情とでも言い表そうか。
命がかかっているといのはそういうものなのだろうか。初めて味わう感覚だ。
扉を押すと、容易に開いた。鍵とかはないのだろう。
蝶番が軋む音が建物の中に響き、俺の存在を知らせてしまう。
しかし、出迎えとかはなく、そのまま誘われるように建物の中に進んでいく。人がすれ違うぐらいの広さがある廊下がまっすぐ続いていて、左右にはいくつか扉がある。しかし外からの印象とは違い、人が住んでいる痕跡みたいなのが薄い。物も全然なく、正直荒れ散らかしているといってもいい状態だ。
廊下はそれなりの長さがあり、進んでいくと突き当りに大きな扉が待ち受けていた。俺の身長の倍ほどもある大きな扉で、まるで何かを隠しているかの如く、堅く閉ざされている。
押しても引いてもびくともせず、軽く叩いてみても反応もない。試しに剣で叩いてもみるが、全然反応を見せない。魔術か何かで閉ざされているのだろうか。
「誰だ」
突然後ろから声をかけられた。どこかしゃがれた声で、老人のように感じられる声だった。
驚き振り返ると、黒いローブに身を包んだ男が立っていた。フードを深くかぶっており、顔を見ることはできないが、鋭い眼光が光っているのが感じ取れた。
一切気配を感じなかった。
足音も聞こえないほどで、本当にそこに存在しているのかわからないほど気配が希薄だ。
「……お前こそ、誰だ」
「チッ、ガキが。なんの用でこんなとこに来たんだ。お前みたいな坊ちゃんが来るようなところじゃあないぞ」
見たところ、ローブの中には剣を隠し持っていることがわかり、俺は柄を握りなおす。この男も剣士だ。それも相当の使い手であることは、立ち居姿でわかる。
「お前が、キール、世紀末の殺人鬼とかいう奴なのか」
「……ほう。まだ生まれてもいないだろう、お前ぐらいのこどもだと。どこで知ったんだ」
「……どうなんだよ。お前がキールなのか」
「まあ、そうカッカなさんな。そうだ、と言ったらどうするんだ」
その言葉を聞いた瞬間、走り、距離を詰め、大剣を振り下ろした。
確定だ。このローブの男が、俺の父を殺した賊、キールその人物であることが、その言葉により断定した。
その振り下ろしを後ろに避けながら男はせせら笑った。
「おお! 突然だな! 勝手にひと様の家に押しかけてきたと思ったら、切りかかってくるんか!」
「黙れ!」
一撃では止めない。剣を振り上げ、薙ぎ、突き、振る。
しかし、そのすべてを避けられ、距離を確実にとられる。
「なにをそんなに焦っているんだ。殺しに来たんじゃあないのか」
「うるさい!」
近づいても近づいても、距離は縮まらず、振っても振っても剣は届かない。
しかも、男はどこも無理をしている感じはなく、ただただ距離を取っているだけ。足音が聞こえないほど、気軽に、気楽に俺の攻撃は避けられている。
「父の、かたき……!」
そうして振り下ろした剣は、細い剣に受け止められた。人の腕ほどの太さもない細い剣に。そうして必然的に距離が縮まり、鍔迫り合いになる。フードの中の人相を覗き込むと、左頬の刺青が見えた。あの投影魔術で見た通りの刺青だ。
「お前……ローバーか?」
「は?」
「お前は、ジョン・ローバーの親族なのか?」
「だったらなんだ! そのジョン・ローバーの息子だ!」
「……そうか」
キールは突然力を抜き、鍔迫り合いをやめ、その場から離れた。
力を入れていたから、その反動で俺は大剣の重さで振り下ろしてしまい、床に打ち付けてしまう。
「少し、剣をしまって話をしてくれないか」
キールは剣を鞘に納め、フードを脱いだ。髪の毛が綺麗に剃られていて、まるでロ―リス教の司祭かのようだ。しかし、それによって左頬の刺青がすごく目立つことになっている。罪人の証である刺青が。
「なぜ、話をする必要がある。俺はお前と刺し違える覚悟で来ているんだ」
そう言うと、キールは苦い顔を浮かべた。
「まあ、そうだよなあ。やっぱ無茶な依頼だったんだよ、これって……」
「……なんのことだ。――依頼?」
「ああ、依頼。命令とも言えるだろうな」
「……どういうこと?」
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キールに案内されて、大きな扉の向こうについていった。
魔術で閉じられていたようで、キールが魔力を込めると、あの大きな扉は開き、その先の部屋に入れるようになった。
扉の先の部屋は、そこまでの廊下とは全然違う様子で、人がそこで生きているということが感じられる部屋であった。
大きな部屋で、書棚や机はもちろん、得物掛け、衣装棚、炊事場までこの部屋に収まっており、この一部屋だけで生活が成り立つようになっている。
キールは、この部屋を主な活動拠点としているらしく、依頼や命令を受けてここから仕事に出るらしい。外からの連絡を知らせる魔道具もあるようで、俺が見たことがないような技術品もそこにはあるようだ。
巷で噂されていたような、大殺人鬼が過ごしている場所とは思えないような場所である。
部屋の中心にある椅子に座らされ、キールと話すことになった。
少し落ち着かないが、彼と話すことで父が殺された真相を知ることができると言われ、従うことにした。こいつと決着をつけるのは、その話を聞いてからでも充分だろう。それに警戒は緩めていない。大剣も出したままだ。
「ローバー。君の父上にはお世話になっていたこともあって、大変心苦しかった」
「依頼、命令っていうのは、何なんだ? お前は誰の命を受けて父を殺したんだ」
「早計だな。……まあ、順を追って話そうじゃあないか」
キールが語ることにはこうだ。
キール・ラバーは、大陸を震撼させた殺人鬼であったことは間違いないらしい。アーリア歴1000年に入る頃、リグナスにいた政治家であるとか、宗教関係者を殺して回ったという。殺害した人物が、リグナスという一都市でどころか、フルネル国全体的に名の知れた人物であったので、あっという間に証言が広がり、警吏によって捕まったそうだ。
ここまでは、師範代から聞いた話と一致している。
しかし、その殺人自体は依頼されたものであったという。
キールは、殺人集団モルラーミナの一員であり、その集団にやってきた依頼によって彼らを殺したという。
殺人集団モルラーミナは、今でこそ名を聞くことは少なくなったが、世紀末頃には暗躍しているということが市井の人々の間でも話題になっていて、名前は知らねど存在は知っているということがあるほど、世間に広まっていた殺人集団であったという。
そのモルラーミナは、依頼によって殺人をしていた。多額の報酬と共に依頼人はモルラーミナに辿り着き、そして殺してほしい人を依頼する。
その大量殺人は、ある貴族が、対立する人物を消すためにモルラーミナに持ち込まれた依頼であった。しめて15人。男も女もいた。至って善良な人物もいたが、依頼を達成しないと違約金が発生してしまうし、別の殺人集団によって殺されたりする危険もあるので、全うするということしかありえないらしい。
モルラーミナに所属する人物で、手分けして暗殺していったが、なぜかキールだけが槍玉にあがってしまったらしい。おそらく依頼人に売られてしまったのだと語った。そうでもないと、証言があそこまで集まって捕まるようなことはなかった、と。
「……それが、父を殺したこととなにが関係あるんだ」
「あれから、十何年も経ったけど、今もオレは依頼で人を殺す。モルラーミナには所属してないけどな」
なんら悪びれることなくキールは言った。
彼の言いぶりだと、まるで殺人が善いことかのように感じられてしまうようだ。依頼とは言え、なにかしらの理由があって正当化されているような。否。正当化というよりは、当然のこととなっているような。
全く理解できない。
確かに、死というものはそこらへんに転がっている。
街を少し出てみれば、魔獣は生息しており、対抗手段がなければ簡単に殺されてしまう。ここローント島にはアーリア以前から魔獣が多く生息している島で、それが所以で剣術の道場が多くあったり、戦う技術についての教育が盛んであるところがあると聞く。
だからこそ、死が近くにあるというのもある。
腕試しに真剣を用いて実際に死んでしまうこともある。魔術が失敗して死んでしまうこともある。本来の脅威であるはずの魔獣に殺されることもあるが、人に殺されてしまうことも往々にあるのだ。さすがに飢餓で死ぬようなことは滅多になくなったが。
一方で殺人というものには忌避感がある。
死が近くても、自らの手で他人の命を奪うということに対しては、一般的な理解を得られないだろう。避難されることだし、ただでさえ死が近いのに、わざわざ死を呼び寄せるようなことは、人類の営みにとって無駄な行いだと思う人の方が多いはずだ。
だからこそ、人を殺すことに対しての評価は悪いものであるというのがこの国で基本的な考え方で、先で述べた真剣での腕試しで相手を殺してしまった場合には、剣士としての腕がないことだと批判されることになる。殺すことの技術を持っていたとしても、その加減ができないというのは、本当に修練ができているとは言えない、ということだ。
「ローバー。依頼者を知りたいのか? 復讐を果たしたいのか? それは、難しい道になることは決まっているが、本当にいいのか?」
「……関係ない。俺の答えは決まっている。俺の日常を壊した人のことを許す気はない」
「……そうか。やはり父上とどこか似ているようだ」
「君の父、ジョン・ローバーは、国によって殺された――




