【2-14】赤と赤と
それから、その賊の正体はすぐに突き止めることができた。
はじめは、警吏の力に頼もうとしたが、門前払いされてしまった。
魔道具で顔を見たと言っても、父の部屋にあった魔道具が認可がおりて所持していたかはわからないので、ぼかして伝えるしかなかったのだ。
だから、犯人の姿を知った手段も明確でないのに、そういう情報をあてにするわけにはいかないと言われた。
仕方がない、彼らも殺人を犯した人物を捕まえたいという気持ちがあっても、その目撃情報や犯人の特徴が確かな情報ではないというのは、動くのに妥当な情報になりえないのだ。
そうして実家に戻り、他にも情報がないかと思い、なんとなくではあったが道場に向かった。
ローバー道場には様々な身分の剣士が門弟にいた。
孤児院出身の者から、貴族の子息であったり、それは幅広くだ。
その広い情報網にひっかかるものがあるかもしれないという淡い期待もあってのことだ。
父が死んでから閉めていた道場だが、高弟である師範代が道場を開き、少人数での稽古を行っていた。
『クラウド君。なんだか久しぶりだね』
『……はい』
『師匠、お父様のことは本当に残念だった』
『……はい』
『でも、家を出る気にはなれたんだね。よかったよ』
『……はい』
『……復讐しようとしていないかい』
『……はい』
『それは、厳しい道だよ。陳腐なことは言いたくないけれど、復讐は何も生まないよ』
『……はい』
師範代のいうことはもっともだ。
でもこの感情を止められるほどの冷静さはない。
父が殺された。その犯人を突き止める手立てがある。それだけで俺にとって動くのに十分な理由になっているのだ。
『……それだけ決意の決まった顔をしている剣士のことを止めることはできないのだろうな。詳しく話をきかせてくれないかい? 僕に手伝えることがあればなんでも手伝おう』
師範代がそういってくれて、俺は父の部屋の魔道具で見た男の特徴について述べると、彼はすぐに犯人の人物について知っているようだった。どこに居城を構えているかまではわからないがその人物の正体を教えてくれた。
名前はキール。この国でも名の知れた殺人集団の一員であり、このごろは名前を聞くことは少なくなったが、俺が生まれる前には大陸世紀末の大殺人鬼のひとりとして名を轟かせていたらしい。
フルネル国のあるこのローント島には、3つの都市があり、首都であるアウェシスから山を越えた向こうにあるリグナスにおいて、要人が多数殺される事件があったのだが、それの首謀者であったという。
左頬の刺青というのは、その当時からしていたらしく、それが彼自身を表す象徴的なものとして、今でも記憶に残っている人が少なからずいるそうだ。
―――
師範代からその情報をもらってから、すぐに動いた。
この情報を活かす方法はうまく思いつかなかったが、ひとまずさらに多くの情報が集まるところに行こうと思い、大陸冒険者ギルドの施設に赴いた。
冒険者ギルドの施設である通称『掲示場』は、こういった都市には必ずあり、その街で活動する冒険者たちが集まる場所だ。今日はどこどこで何があっただとか、あの町にはあれがあっただとか、最近はよくあれを見るだとか、そういうありとあらゆる噂や言説が飛び交っており、情報をなによりも大事と考える冒険者たちにとって生命線となりうる場所である。
最初からここに来ればよかったとも思うが、ある程度人物の特定ができてからのほうが良いと思い、実際にそうだった。
『掲示場』に入り、まっすぐ受付まで行き、受け付けをしている人にまずは尋ねてみた。簡潔に。殺人鬼キールという人物を探しているのだが、と。
当時の俺から見ても若かった受付の人自体は、何のことだかわからないという表情をしていたが、周りにいた冒険者たちの反応は違った。殺人鬼キールって例のキールだよな、とも聞こえたし、世紀末の殺人鬼、と一言呟くだけの声も聞こえた。当時を知っていた人たちにとっては記憶に新しい、よく名の知れた人物であるということが、その反応だけでわかった。
『……君。詳しく聞かせてもらおうか。冒険者諸君は、気にしないこと』
掲示場内の雰囲気に漂った静かで剣呑な雰囲気が、冷静な声で切り裂いた。その声の主である人物は受付の奥から現れ、掲示場内の視線を集めたのだった。巨躯。筋肉隆々。巨爪獣のよう。山のよう。そんな形容詞が似合う、大きな男だ。
彼は、この掲示場の責任者である掲示長を任されているアルベルト・ピジョンと名乗り、俺はそのまま奥の部屋まで通された。冒険者ギルドというだけあって、無骨な内装で、余計なものがほとんどない、整頓された部屋だった。
促されるまま座り、秘書と思われる人に茶を出された。こんな風な対応をされることなんか経験したことがないのであたふたしていると、目の前に座ったアルベルトが口を開いた。
『……なぜ君みたいな子どもが、奴を探したがるのかは知らないが、あまりその名前は出さない方がよいだろう。あれからまだ10数年しか経っていない。なにか思うことがある人も多いからな』
『俺の父を殺したのが、そのキールっていうやつらしいんです。だから、殺す殺さない以前になぜ殺したのかを知りたい。だから探しているんです』
『君、名前はなんだったか』
『クラウドです』
『クラウド君。なぜそんな若い歳で……復讐心にとらわれていないかい』
『……子どもだなんて、あまり見くびらないでほしい』
左手首の腕輪に右手を伸ばし、魔力を込め、剣を取り出す。大剣、峰雲を。
『俺は剣士としてここに来ています。父の、恩ある師の弔いのために動いているんです』
『……!』
アルベルトは瞑目しながら逡巡をし、暫く部屋には沈黙が訪れた。
彼の中でいろいろと考えることがあり、その事柄を整理しているように見えた。
この沈黙の中で、俺は焦燥感に似たなにかを覚えていた。この目の前の巨漢をどうにか説得してやらねばと。早くキールを見つけて殺してやらねばということを。父の死を明らかにしてやらねばと。
衝動的な行動に走ってしまったことの後悔も若干しつつ、アルベルトが再び口を開けるのを待った。
『そこまで言うのなら、剣士が剣を抜くという覚悟を見せたのなら、わたしも応えねばならないな。しかし、短絡的な行動はしないでもらいたい。キールという人物はあれでも腕の立つ人物だ。当時を知る人物なら知っていることだが、あの大量暗殺事件で殺された人物の中には、軍部の人間も少なからずいた。それがどういうことかはわかるね』
頷く。
『初めて知り合った仲で、いらぬ心配かもしれないが、本当に彼は強い。わたしもなんどか手合わせしたことはある。彼の剣の技術は間違いなく本物だ。だから、早まってほしくない。これだけを約束できるなら、彼のいる大まかな場所を教えよう』
この山のような巨漢にそこまで言わせるというのは、よほど強いということが伝わってきた。実際、父の殺害現場を映した魔道具には、少ない手数で無駄のない暗殺で、それ自身がキールの腕の確かさを証明している。
だから、今更だった。
相手がどんなに強かろうが、やることは一緒だ。
『はい。早まりません。だから教えてください、奴の、キールのいるところを』
振り上げた剣を振り下ろすだけ。
愚直に磨いた剣技をただ引き出すだけ。
それで俺が死んでも構わないのだ。




