【1-2】入学式と
「皆さん、この度は入学おめでとうございます」
ざわざわと、新入生は各々が席に着くと周りの人と歓談していると、講堂の一番奥に位置する講壇から大きな声が響いてきた。初老の声。本来ここまで大きな声で響くとは到底思えないような擦れた声だが、魔術で空間によく響くようにされている。変なノイズがのっていないきれいな魔術だ。
声が響いてきた方を見ると、白髪交じりの茶髪をきれいに整えた初老の男性が立っていた。
彼はこのデール王立学園戦技校の校長である、エルネスト・アイリス。彼とはここで会うのは初めてでなく、おれたち5人がこの戦技校に入学できることになったのは、彼の口引きが大いに影響している。恩人、というには少々関係性が違うが、なんにせよ知り合いである。
「このデール王立学園戦技校は、設立から約600年、数多くの生徒をこのデール王国に排出してきました。当時から変わらない我が校の伝統をその身に受けながら、勤勉に励み、学友と語り合い、4年間を充分に満足できたといえるような、そんな風に過ごしていただきたい。そのうえでーー」
アイリス氏は、この戦技校に通ううえで、学園長として生徒に持っていてほしい自覚や覚悟をつらつらと述べ始めた。どれも、この大陸に誇る名門校に通う生徒として、胸を張れるような生徒になってほしいのが趣旨であり、4年で何を学び何を得たのかをちゃんと振り返って、その後の人生で役に立てるような、そんな人物像を描いてほしいそうだ。
この戦技校は開校がアーリア歴404年。デール王国が興ったのがアーリア歴395年であり、この王国と歴史をともにしてきたといっても過言ではない。この国の王族や貴族、官吏や名の知れた学者たちもこの戦技校を通過してきているらしい。
おれことスキル・フルネルのように、この国の人間でなくても、その伝統の恩恵をうけようと入学するものも多く、少年時代に各国の人物とのパイプをつくる社交場としての性質も兼ね備えているというのが、近隣国家の貴族層の考えでもある。
とはいうが、おれはそういう目的でこの学園に訪れたのではない。
かくいうおれも、自分の国ではそれなりに名前の知れた家ではあるが、実家からはそうしたことを目的に動くようには言われておらず、そもそもあまり他国での活動には不干渉を貫かれている。
おれがこの学園に入学したひとつの理由は、5人で成した功績からデール王国が融通して入学したということ。つまりは王国として、なにかしら学園によい風を吹き入れようという思惑や目的に乗ったこと。たしかに、やったことは大きいだろうし、しかもそれが学園の入学に適したちょうどいい歳だったからというのが都合がよかったのだろう。
もうひとつの理由は、このおれ自身が抱えているものを解決しようという目的もあってだ。
なんといっても大陸随一の学園であり、その知恵を利用して解決の糸口を探ってやろうという魂胆だ。
残りの4人も何かしらの目的があって入学を決めたらしい。自分のやりたいこと、将来のために、知識を得るために。十数年生きた中で自分たちなりに考えてこの場にいるのだ。
「ーーでは、これをもって激励の言葉と返させていただきます。ご清聴ありがとうございました」
そんなことを考えているとスピーチが終わっていた。おれも、周りにつられて拍手をしておく。
壇上からアイリス氏が下りると、また別の人物が登壇した。
キレイな金髪を優雅に携え、立派な杖を片手に持った男性が、口を開く。
「皆さん、本日は本当におめでとう。この国で国王をやっている、エドワード・ローズ・デールだ」
式典用に拵えてある立派な外套から片手を差し出す、王族特有の会釈をし、会場中の視線を文字通り一手に集めた。
「さて、わたしも約40年前、諸君らと同じようにそちら側にいた。同世代の少年少女と、これからの4年間はどんな生活になるのだろうか、とワクワクしながら、周りの新入生たちの顔を見回していたものだ。そして、その4年間は、まさにわたしの半生の中で、もっとも実りのある4年間であったといっても過言ではない。その4年間で、愛する妻と出会えた。もっとも信頼する腹心たちにも出会えた。尊敬してやまない先生方にも出会えた。そしてなによりもこの学園の伝統の一部になり、まさしくこの国の伝統の一部になれたという誉れを得ることができた。アイリス学園長が言ったように、よく励んでほしい! 4年間はあっという間に過ぎてしまうだろうが、若き君たちは悩み考えていくであろう青春を経て、胸を張ってこのデール王立学園戦技校を卒業していってほしいと思う! 以上でわたしからの言葉とさせてもらう」
とても短く、彼は述べ降壇していく。講堂中は割れんばかりの拍手で満たされ、エドワード陛下がどれだけ慕われている国王であるのかがよくわかるような、新入生たちはそんな面持ちで降壇を見送った。
「さて、これにて入学式式辞を以上とさせていただきます。これより歓迎会といたしまして、お料理を用意しますね」
学園長が手を二回たたくと、どこからともなく、たくさんの食事が乗った皿を現れて、円卓を埋め尽くした。その見事な料理と魔術の腕に新入生は感動して、にぎやかな声で講堂は埋め尽くされた。
もちろん同卓しているメンバーも同じようで、ワイワイとしている。
「すごいね! こんな魔術初めて見たよ! どうやってやってるんだろうね、スキル!!」
隣に座っているリオンから、そうすごい勢いでまくしたてられた。
苦笑いしながら応えてやると、「スキルってほんとなんでも知ってるよね!!」と満面の笑みを見せつけられた。とてもかわいい。
「ま、まあ、そうでもないよ。それより早く食べよ」
「そうだね!いっただきまーす!!」
おいしそうに肉や魚をほおばっていくリオンは、見ていてこちらまで満足な気分にさせてくれる。彼女のこの可憐さが、おれたち5人の雰囲気を柔らかくしてくれていたのは、ほんとうに助かったことだった。今でも、まさにそれが発揮されている。
「あんまり詰め込みすぎてむせるなよ」
「うん!」
「君たちはもとから友人なんだね。別々の国から集まっているんだろう? すごいことだ」
上品に食事を勧めながら、対面に座る少年が感嘆の意をあらわした。
「いえいえ、滅相もございません。偶然、運命のめぐりあわせ、というやつです、殿下」
応えるのはおれたちのなかでは一番年上のベルだ。彼は、本来15歳で入学する学園に、特例で今年学園に入学している17歳だ。彼はこの国の騎士団に所属しており、それゆえこのようなかしこまった応答になっている。
「デュー・ナイト。そこまで畏まるのはやめてくれないか。これから同じ学友になるんだ。君に教わることも多いと思うしね」
気さくに、ベルの対応を窘めるのは、エドウィン・デール。この国の王子の一人であり、先ほどスピーチをした国王の息子の一人である。王族ってやつだ。
「とは仰いますが……」
「入学式にこうして同卓するのも、なにかの廻り合わせだ。頼むよ」
「そこまで仰るなら……公式の場でなければ」
「ははっ、さすがはデュー家だ。そうした生真面目さがこの国の安寧を守っていると思うと頼もしいかぎりだ」
満足そうにエドウィン王子は頷いた。
「それはいいとして、君たちはどうして知り合ったんだい?」
エドウィン王子は、彼の父からおれたちのことをそこまで詳しく聞いていないのだろう。
もともとおれたち5人は別々のところから集められた。
おれとクラウドは、この国から少し船に乗っていかないといけない島国、フルネル国から来た。
ベルはこのデール王国の騎士団家系のひとり。
リオンはゴルアリア共和国出身。ニアは獣人国からだ
「エドウィンさんがどこまで知ってるかはわからないけど、あんまり話さないでっていわれているからなあ……どれぐらいなら言ってもいいんだろう、スキル?」
「まあ、エドワード陛下からの任務というかお願いで集められた形ってぐらいなら。陛下は、あまりおおごとにしたくなかったみたいだからね」
「……ふむ、なるほど。……あの存在がかかわっているんだね?」
王家の人間だ。それぐらいは知っているのだろう。
あの存在の出現で大きく世界に危機が迫っていたこと。それがある日打ち倒されたこと。それを打ち倒した人物は公にはなっていないこと。王国騎士団はもちろん、王子であるエドウィンにも知らされていないこと。
そこから彼は思考を巡らせ、おれたちがなんとも言えない表情をしているのを見て、質問の返事を待たずに頷いた。
「そういうことだね。まあ、深くは聞かないでおくよ。それよりもきちんと自己紹介でもしないか? わたしは、エドウィン・ローズ・デール。一応この国の第6王子だ。火と光の魔術が得意だ。よろしく」
同卓する8人の自己紹介をし終えると、その後は新入生歓迎会の時間いっぱいまで歓談は続いた。