【2-1】ふたたびの日常と(1)
王都に帰ってきてから、早いものでひと月が経った。
王城に行き、依頼の達成を報告。学園に戻り何事だったのか問われる数日間。そして、学校で過ごすという日常に戻ってきた。
やはり生活として、とても平和な日常が過ごせて、心の安寧を感じている。
俺、ことクラウド・ローバーは、生まれ育った故郷の地には、言葉で言い表しづらい複雑な感情を抱いている。
ベルのように、誇りをもって民を守ろうとかはないし、スキルやニアのように国を背負う者としての責任感もない。もちろん、リオンのように父母家族のように大事なものだと言えるような気持ちもない。
言ってみれば、ただそこで生れ落ち、育っただけ、という事実だけがある。
たしかに、俺を育ててくれた恩こそあれど、数年前の事件からなる感情によって、打ち消されてしまっている。
「クラウドくん? 大丈夫?」
「……ん、ああ、大丈夫だよ」
「どこか意識が彼方へ行っていたから」
「ちょっと、考え事」
「そか」
赤くて長い綺麗な髪を揺らして隣に座るのは、カレン・ロッド。
巨大魔獣を倒して戻ってきてからというもの、彼女とはよく行動を共にしている。
クラスが同じであったり、元から取っていた講義が一緒であったのもあると思うが、互いに一緒にいて、どこか居心地がいいのも、その理由だろう。
俺はフルネル国、彼女はゴルアリア国出身と、生まれも育ちも全然違うのだが、こういう感情のリズムだとか、考え方が近いから、余計なのだろう。
正直、いつもの4人よりも一緒にいることが増えてきているような気がする。
そりゃあ、もちろん男連中とはくだらない会話をしたり、一緒になって遊びに行くことはあるが、常日頃に一緒にいるのは、彼女になるのだろう。
「そうだ。この前の課題についていろいろ聞きたいんだけどさ」
昼食の時間。
学園の食堂。
昼食を挟んだ講義の2つが、互いに同じ講義を取っており、こうして一緒に昼食をとることが増えた。今日も同じように並んで食事をとり、講義の内容について話したり、課題の確認をしたりしている。
カレンは、勤勉な才媛であり、彼女から学ぶことが本当に多い。どこか飄々としたところがあるように見えるが、才ある者は才を隠すというように、そういう仮面を被って演じているのだと思うと、彼女の底の深さが測れない。
「なんだろう」
「うん。魔術学なんだけどね。ここの詠唱が、現代ではあんまり一般的に聞かれることがないから、それについてどう思う?」
カレンが聞いてくるようなことだから何かと思ったら、意外と簡単そうで俺でも答えられそうだ。魔術に関しては、やはり俺よりもスキルやリオンの方が詳しいから、少し身構えてしまった。
「それは、詠唱学の講義でこの前出てきた範囲と近いんじゃないかな。魔術の近代化に向かって、端折れるところを端折っていくっていうところ。えーっと、ウォルゾーのあの学派が提唱したやつ」
「ああ、ウォルデン学派の詠唱短縮かぁ。でも、ここの詠唱文って、精霊契約で重要なところだと思うんだよね」
そう言いながら、カレンは教本の中を指さしながら見せてくる。
たしかに、重要そうなところだ。
うーむ。わからないぞ。
「……俺もわからないな。ちょっと、専門外すぎるな。カレンの考えを教えてよ」
「うん。詠唱の短縮って、ウォルデン学派の提唱以後もいろいろ出てるから、そのどれかかともおもうんだけど、それっぽいのがないんだよね」
「ほかの魔術の詠唱文からヒントを得たりできないかな? 同じ中級魔術で、別系統の魔術だとかさ」
「たしかに……」
そういいながら、別のページをめくりだした。
「失礼。それについて、口を挟んでもいいだろうか」
後ろから声をかけられた。
綺麗な金髪を携えている男で、割と慎重が高い方でもある俺よりも高い背があり、ピンと伸びた背筋はさらに高く見せている。左手には昼食に買ってきたサンドウィッチを持っている。
「エド」
「カレン、クラウド、同席してもいいだろうか?」
「構わないよ」
「失礼」
この国の王子でありながら、もはやこの学園に一員として完全に馴染んでいるエドウィン・デールが、俺の隣に座った。
しかし、一国の王子がいるというのに、周りの生徒に騒がれたりすることが本当に減ったように感じる。最初のうちは、よく遠くからヒソヒソ噂しているような声が聞こえたり、彼を値踏みするような視線を感じたりもしていたが、彼自身の勤勉さや実直さに影響されて、きわめて中立的な対応がされている。
俺たちのように、よく一緒にいる人は、愛称で呼ぶようにまでなっている。それだけエドウィン・デールは、身分に縛られない、人格の持ち主なのだ。
「そこの詠唱についてなのだが、魔力構造の理論で理解ができると思う」
「んー、ん? というと?」
「ここの詠唱文は、その魔術全体のおおまかな構造を決める一文。それで、ここの詠唱は精緻な内容を決める文。そして、君たちが話していたこの文は、属性を絞る一文。他の文で補える詠唱だし、そもそも現代の魔術を使う者は魔術を使う前に魔力で構造をある程度作ってから詠唱する。だから、省略できるところなんじゃないだろうか?」
「ああ……! そういうことか! つまりこういうことだね」
合点がいったカレンがそう言うと、魔力を錬成して魔術の発動の準備をし始めた。
「……いでよ」
右の掌から、細い火を出し、すぐににひっこめた。
「……こういう風に、本当なら、『繁栄と破壊の御位よ、ともしびを我がもとに、今まさにいでよ』、の最初のところを、詠唱以前の魔力の錬成だけでやっちゃってるのと同じってこと?」
「そうそう。我らがデール学派の提唱した魔力構造理論、というやつだ」
「なるほどー! 理解した上で実感すると、魔力構造理論が言いたいことがわかってきたかも。文献や講義だけだと、いまいちピンとこなかったんだけど」
「逆に、今まで試したりはなかったの?」
「こうして細かく意識してやったことはなかったんだよねー。それに、教本には中級以上の魔術でしか書かれてないからさぁ」
「たしかに」
「お役に立てたようで何よりだよ」
サンドウィッチを食べ終えたエドウィンは、軽く片付けて、あまり見ることがないいたずらっぽい顔を俺に見せて尋ねてきた。
「それで、君たちはどこまでいっているのだい?」
「っな!?」
「……そ、そんな、ねえ」
「君たちは私ほど家とかに縛られないだろうから、もっと気軽にしたまえよ。とはいうものの、私たちもそれなりの年齢だろう? いろいろと思うところはあると思ってだな。なに、友人として気になっただけだよ」
「そりゃあ、ねえ。仲は良いとは思ってるけど」
「うん。クラウドとわたしは仲いいよ! 多分学年で一番仲がいい人の一人だと思うよ!」
なにやらしたり顔をしながらエドウィンは俺たち2人の顔を交互に見た。
何を見たかは知らないが、性格の悪そうな笑顔を見せて、彼は頷いた。
俺の肩を叩いて、頷いた。
「まあ、いざというときに男からいくというのが、甲斐性の一つだと、私からは言っておくよ、クラウド」
「……なんの話だ」
「……まあ、わかってるようだからいいよ。私はもう行くよ。お邪魔したね」
エドウィンは荷物と昼食のごみを持ち立ち上がり、颯爽と歩き去っていった。
呆気にとられた俺たちは見つめ合い、互いに首を傾げた。
課題の件は助かったが、後半の話は全然脈絡がなかった。
いったい、なにをしにきたのだか。




