【1-9】精霊契約と
「こうして、精霊契約を終えたアーリアは、自身の持つ魔法の技術を現代の魔術にまで昇華させました」
古代の半円形劇場のような形をしている大教室の教壇に立つ先生が、黒板に板書しながら説明している。
今は魔法史の授業で、ちょうど魔法が魔術になるあたりの話だ。
もともと、魔法という技術はアーリア歴が始まるよりも前に存在していた。
当時は一部の特殊な人間しか扱えないものであったが、アーリアの精霊契約以後、人類に広く一般的な技術のひとつになった。以前というのは、個々人が魔力の属性に関連した精霊との対話で魔法を使っていた。それは原始的な魔法で、魔力量、質、属性によって大きくその効果が変わってしまう、個人に基づいた技であった。しかし、契約以後では個人の資質に影響されない、詠唱による魔術が開発され、魔法技術としての魔術が広く広まった。
当時、世界で最も優れた魔法使いと言われたアーリアが、この時代まで語り継がれているのは、この大きな功績があるためである。そして、現在の暦はこのアーリアの精霊契約を讃えてアーリア歴とつけられた。
しかし、この精霊契約は1000年も昔のことで、詳しい契約内容は明らかになっていない。魔術を使う上で重要なことは連綿と伝えられているが、何を対価に契約が成立しているかは伝えられていない。魔法史の研究における大きなテーマの1つらしく、100近くある契約の3分の1程度が判明しているらしい。
「では、次回は『魔法史概論』の中で、今まで講義した内容についての筆記試験を行いますので、よく復習しておいてください。では、以上です」
「おつかれ~」
「おつかれ。今日はちょっと濃密だったな」
授業の荷物を片付けながら、隣の少女と話し始める。
「うん。僕も頭パンクしそうだった」
「次が試験だから、間に合わせるためにかな」
この魔法史の授業にはおれとリオン、ベルが参加しており、ともに並んで授業を受けている。この授業は4学年合同であり、いろんな学年の生徒がたくさんいる。1学年100人いるこの学園だが、この教室には100人以上いることが見える。
「でも、やっぱり歴史系の科目は私得意だな。覚えるのも好きだし、昔に思いを馳せるのもなんだか性に合ってるみたい」
「意外だよな、リオンってなんだか得意なものが逆っぽいんだけど、こういう分野の方が得意なんだよな」
「うん。じつはね」
ウィンクをしながらリオンは答える。
「やっぱりリオンの国ではアーリアは他の国よりも尊敬されているの?」
「うーん、どうなんだろう。たしかにアーリア様のことは宗師様って呼ばれて尊敬されてはいるけど、他の国ほどっていわれると難しいかも。多くの魔術師の尊敬や崇拝に近い感情を抱かれる存在ではあるけど、魔術の真理を知りたい人たちにとっては、超えるべき壁だからね」
「だから宗師様か。魔術と密接にかかわっているゴルアリアの人たちにしかきちんと理解できない感情なんだろうなぁ」
「文化って感じ」
「うん。文化だ」
その日の夕飯を城下町まで、いつものように食べに行った。いつものメンバーではあるが、今日はエドウィンは王城の方で用事、アレクサンドルは同郷の人との用事があるそうで、6人での食事だった。
もはや行きつけになっている食堂で、すでに女主人のミランダさんに大層気に入られていると思う。学生さんはいっぱい食べな、とたくさんサービスしてもらっちゃっている。
「ごちそうさまでしたっ! 今日もおいしかったです~!」
ひときわ大きな声でミランダさんと会話しているリオンを見ながら、店員に挨拶しながら店を出てくる。今日も、こんなにいっぱい食べれて、味もいいし、楽しく食べられるのは、最高だ。
「カレンさんはあれが一番好きなんだね。いつも選んでない?」
「そうそう! クラウドくんよく見てるね~」
楽しそうに腰まで伸ばした赤毛を揺らしながら、カレンはクラウドと会話している。そんなクラウドはちょっと顔を赤らめていて、若干緊張している面持ちが見える。
「……クラウド、やるね」
「……ベル、そっとしておこうな」
「……うん。それはそうと、リオンとはどうなんだい?」
「……休みの日は一緒に出掛けてるよ。城下町、行けるところ多いから、意外と鉢合わせにならないんだよな」
「……なるほどねぇ。でも、5番街にはあんまり近づかないようにね。あそこは大人の世界だからね」
「……一回、興味本位で入った」
「……スキルくん?」
「……いや、なんもしてない……なんも! だし、入ったすぐに追い出されたよ」
「……リオンと入っちゃったの?」
「……うん。だから余計だと思うけど」
「……ならよし」
コソコソと、ベルと二人でクラウドとカレンの会話を見ながら、そんな会話をしていた。クラウドにも浮いた話があるようで、どこか微笑ましい気持ちで見ていたが、変な方向に話の舵がとられていき、大人っぽい態度で窘めてきた。事実ベルは年齢でいうと2歳上で、来年成人の年齢ではあるが、普段つるんでいるような感じでこういう話をされると若干気まずい。
「なんの話してたのー?」
と、コソコソしていると、ミランダさんとの会話を切り上げたリオンが後ろから声をかけてきた。
若干隠しきれない動揺とともになんでもないと2人で応えるが、少し不満げに声を発すると、男の子だね、と意味深なことを言われた。
「それはそうと、スキル、今日ちょっと寄りたいところあるんだけどいい?」
「おれだけか? 同室の2人じゃダメなのか?」
「んー、クラウドがカレンと話したそうだし、ニアも戻って図書館行きたいって言ってたから」
「そっか。いいよ」
「ありがと」
なんとなく、全員のそれぞれの会話が終わるころに集まり、この後どうするかを話した。
クラウド、カレンはこのまま帰りたいらしい。図書館に行きたいというニアにベルはついていくそうだ。そしておれとリオンは、リオンの寄りたい場所というのに付き合うことになった。
リオンに連れられて、2番街についた。
ここには噴水のある大きな広場があり、学園からは一番遠いところにある。
学園からは最も距離はあるが、街の中心のようなところで、一番人の往来が多いところでもある。路面店や出店、屋台などいろいろな店がひしめきあい、夜が更けてもどこか明るさが感じられる街だ。
噴水のある広場に来たおれたちは、少し噴水から離れたベンチに座った。ベンチのすぐ近くに立つ街灯がほんのりと明かりを生み出し、2人だけの空間を作っているかのような錯覚を起こさせる。
「寄りたいところって、何だったんだ?」
「うん。なんか感傷的な気分になっちゃって」
「感傷的?」
「うん」
コト。
と左肩に軽い頭が乗せられる。
「覚えてる?4年前」
「ああ、もちろん」
「ここでね。喋ったもんね」
この国から旅に出る前。
11歳になった年。
クラウドと2人で訪れたこの国で会ったこの少女と。
この4年は濃密だった。細かな出来事は忘れてしまいそうなぐらいに。
しかし、あの光景は覚えている。
今日と同じような時間で。
薄暗くて。仄明るくて。
噴水の水音だけが響くこの広場で、旅に対する不安を話し合った。
「……懐かしいね。信じられないよ」
コロコロと転がるような声が耳朶を刺激する。
「……今でもあの不安な感情が出てきちゃうんだ。抱えきれないぐらいに大きくなっちゃうんだ」
不安。恐怖。対峙したときの威圧感。あの背筋が凍るような感覚。
あれから暫く経ったが、今でも鮮明に思い出せる。
「……でも、ここでの思い出とかね、それ以外でのいろんな思い出が、私を強くしてくれたんだ」
膝の間に置いた両手を、軽く握りしめながら、彼女は言った。
「……スキルは? まだ思い出しちゃう?」
「おれは……リオンほどではないかもしれない」
「うん……」
しばらくの沈黙が生まれ、どこでもなく見やる。
夜風が髪を揺らし、商店街の喧騒が遠くで聞こえてくる。
いろいろな食材や調味料のにおい。
隣に座る少女の髪の匂い。
望んでいた日常がそこにはある。
「……」
肩に腕を回す。
2、3度、やさしくたたく。
「……平和になったんだよね」
「……ああ。少なくとも大きな脅威は去った」
やさしく、風が辺りを包み、噴水が小さい水を吹き出した。




