第九十八話:婚約解消
「先王陛下、王大妃陛下、ご機嫌麗しゅうございます。」
「突然、お尋ねして申し訳ありません。夫共々、取り急ぎ申し上げねばならぬ事があり、罷り越しました。」
アルクエイドとアシュリーは離宮にて暮らしていたグレゴリー・ガルグマク(今年で61歳)、レティーシア・ガルクマク(今年で61歳)に拝謁した。グレゴリーとレティーシアは2人の来訪を快く迎え入れた
「うむ、隠居した我等に何用で参った?」
「2人揃って尋ねるなんてどうしたのかしら?」
「ははっ、畏れながら神殿での契約を果たして貰いとうございます。」
アルクエイドの口から【神殿での契約】と聞いたグレゴリーとレティーシアは笑顔から一変し、険しい表情に変わった
「想い人かしら?」
「はい、畏れ多くも殿下の方で。その事が原因で息子は殿下より謹慎を言い渡されました。」
レティーシアが尋ねるとアルクエイドは包み隠さず伝えた。それを聞いたグレゴリーとレティーシアは「はあ~」と深い溜め息をついた
「あやつは女狐に思慮の分別すら奪われたのか。」
「しかも勝手に謹慎を命じるなんて・・・・あの子にそんな権限はないのに。」
孫の軽挙に呆れて物が言えなかった。グレゴリーからして見れば腹違いの兄と息子の件もあって王族の教育に熱を入れていたがまさかこんな形で裏切られるとは思っておらず只々、嘆くばかりであった
「陛下、ロザリオ侯爵家は国のために忠義を尽くしてきました。娘もまた妃教育を勤しみました。その結果、王太子殿下との交流も疎かになってしまったのは我等の落ち度にございます。どうか御了承の上、婚約を解消にしていただきとうございます。」
「陛下、何卒よしなに。」
アルクエイドは自分たちの落ち度である事を言いつつ、内心では娘を解放する事に全力を尽くした。それはアシュリーも同様であり、その様子を見たグレゴリーとレティーシアは「はぁ~」と溜め息をついた後、口を開いた
「よかろう、グレンとアーシア嬢の婚約を白紙に致す。またアルダンの謹慎を解くと共にグレンの側近の任を解く。」
「「有り難き幸せにございます。」」
「国王にもこの事を伝えるよ。ついでにグリードを呼び戻すよう伝えよ。」
「畏れながら証文をいただきとうございます。」
「・・・・抜け目ないのう。」
アルクエイドとアシュリーは陛下直筆の証文を持って、王宮に参内し国王グラン・ガルグマク(今年で37歳)と王妃レミリア・ガルグマク(今年で36歳)に拝謁した。そして例の証文を渡し、一読したグランとレミリアは目をギョッとさせ、すぐさまアルクエイドを尋ねた
「ロザリオ侯爵、グレンに想い人ができたというのは本当か!」
「はい、現に諌めた息子が殿下に謹慎を言い渡されました。」
「まさか、あの子が・・・・」
「陛下、先王陛下より婚約解消の御許しを得ました。殿下とアーシアの婚約は先王陛下によって行われたものにございますれば何卒、御了承のほどを。」
グランはというと父である先王の許しがあったとはいえ、婚約を解消させるのには抵抗があった。貴族の中で勢いのあるロザリオ侯爵家を手放すのをよしとしなかったのである。またレミリアもアーシアの事を気に入っており、グレンと結婚して義理の親子になる事を楽しみにしていたが、グレンの浮気によって潰されたのである。しかし先王の証文がある以上、それを止める術がなく、渋々了承せざるを得なかった
「・・・・分かった。婚約の解消を認める。後で謝罪文と慰謝料を送る」
「「有り難き幸せにございます。」」
「下がれ。」
「ははっ、ではこれにて失礼致します。」
アルクエイドとアシュリーが下がった後、グランはすぐにグレンを呼ぶよう命じた。呼ばれてから十数分後にグレンは参内した。十数分後も遅刻したグレンとレミリアは感情を押し殺しつつ無表情で対応した
「遅かったな。」
「遅れて申し訳ございません。」
「お前を呼んだのは他でもない。お前とアーシア嬢の婚約を白紙、及びアルダン侯爵令息の謹慎を解くと共にお前の側近を解任する事にした。先王陛下の御了承も得ておる。」
「えっ。」
父の口からアーシアとの婚約の解消とアルダンの謹慎を解く&側近の解任を聞いたグレンは呆気に取られたがすぐに我に返った
「そ、そうですか。」
「グレン、お前の婚約者を一から探さねばならん。」
「あ、あの父上!」
「何だ?」
「はい、実は私の婚約者に相応しい令嬢を見つけました。」
若干嬉しそうに話すグレンにグランとレミリアは腸が煮え繰りかえる感情が芽生えたが最大限の理性で押さえ付けた
「言うてみよ。」
「はい!スカーレット男爵家の養女であるカリン・スカーレットにございます!平民の生まれにございますが、天真爛漫で守ってあげたくなりたくなるほど愛しく、まさに天使のような女性です!」
自分の想い人を意気揚々と語る息子にグランとレミリアはいつからこんなアホに成り下がったのかと怒りを通り越して呆れていた。それと同時にこのまま国王になってしまえば間違いなくガルグマク王国は終わると確信したのである
「そうか・・・・考えておく。」
「ありがとうございます!」
「下がってよい。」
「ははっ、では失礼致します!」
嬉しそうに立ち去る息子の姿にグランとレミリアはすぐに息子を監視するよう側近に命じた後、ひたすら自問自答し始めた
「我等はどこで間違えたのか。」
「陛下・・・・」
グランとレミリアは自分自身のふがいなさを情けなく感じていた。特にレミリアは自分の腹を痛めて産んだ待望の世継ぎ、しかも文武両道に優れ、将来を有望視されていたにも関わらず一人の女によって心身共に骨抜きにされてしまった事に後悔の念に苛まれた
「レミリア。」
「はい。」
「あれは王の器ではない。王太子は第2王子のグリードに譲る。」
「はい・・・・・うううう。」
すすり泣くレミリアを優しく抱きしめるグランの目には一筋の水滴がこぼれた。側で控えていた側近たちは何も言わずに静かに目を閉じるのであった。それから数日後、ネマール国に留学していたグリード・ガルグマク【年齢15歳、身長175㎝、色白の肌、赤みの帯び肩まで伸びた金色の短髪、碧眼、気品のある彫りの深い端整な顔立ち、国王グランと王妃レミリアの次男、王太子グレンの弟】は早馬にて急遽、母国より帰国するよう手紙が一読した後、使者に何があったのか尋ねた
「帰国せよとはどういう事だ。」
「畏れながら国許にて異変が発生致しました。」
「異変、何があった?まさか父上が。」
「いいえ、国王陛下、王妃陛下は御健在にございます。」
「それでは何があったのだ。」
「畏れながら、それ以上は申せません。」
「・・・・分かった。急ではあるが帰国致す。」
「ははっ!」
これ以上は喋らないという使者の姿勢にグリードは観念して帰国する事に決めたのであった。一方、両親が悔し涙を流し、弟が帰国する事とは知らずに意気揚々と恋人であるカリンの下へ行き、無事に婚約が解消された事を伝えた。それを聞いたカリンは狂喜した
「ついに!ついに!婚約が解消されたのですね!」
「ああ。」
「それで陛下に私の事は?」
「ああ、伝えた。父上は考えておくと返答くだされた。反対されるのを覚悟していたが・・・・やはり父上はお優しい。」
「(ああ、これは終わりだな。)」
国王グランの命を受けて2人の様子を見ていた側近は呆れて物が言えなかった。文武両道と名高い王太子が目の前にいる女狐に骨抜きにされている事に最早、次期国王失格の烙印を押されたも同然であったのだ。側近に監視されているにも関わらず2人は将来について語り合った
「カリン、君が私の婚約者になればスカーレット男爵家の爵位と領地の加増を約束するよ。」
「本当ですか!」
「ああ、私は次期国王だ!」
「流石は殿下!」
明るい未来を描いている2人にこれ以上、付き合っていられないと感じた側近は2人に悟られずに静かに立ち去った。その後、側近は国王グランに2人の一部始終をそのまま伝えるとグランは「下がれ」と命じた後、「はあ~」と深い溜め息をついた
「父上も同じ気持ちだったのか。」
グランは先王であり父であるグレゴリーの心中は嫌でも感じた。父は心を鬼にして異母兄と息子を厳しく処断した。今度は自分の番だと自分自身に言い聞かせた
「(グレンを処断致す)」
そう心に決め、第2王子のグリードが帰国するのを待ちわびるのであった