第九十七話:始まり
それから十数年の歳月が流れた。アルクエイドとアシュリーは今でも仲睦まじく、息子と娘たちと共に暮らしていた。アルクエイドは精悍な顔立ちと細身の筋肉質は変わらず保ちつつ、八字髭を生やし酸いも甘いもダンディーな顔立ちになっていた
「ジュード、あまり無理するなよ。今年で70になるんだから」
「旦那様、私は棺桶に片足が突っ込んでいようともロザリオ侯爵家にお仕え致します。」
「辞めてくれ、そういう事を言うの。」
今年で70歳になり、完全に白髪頭で老眼鏡をかけ老紳士となったジュードを心配するアルクエイド(今年で46歳)は何度も隠居するよう勧めたがジュード自身は老骨に鞭を打つ覚悟で望んでいた
「おじじ様、旦那様もこう仰っているのですから無理はなさいませんように。」
「喧しいぞ、デービス。まだまだ若い者には負けんわい!」
「(やれやれ。)」
ジュードを諌めているのはデービス・ピグサム【年齢26歳、白髪混じりの黒髪短髪、細身の筋肉質、色白の肌、碧眼、身長179cm、彫りの深い怜悧な顔立ち、ジュードの孫(養子)、両親は故人】である。元はロザリオ城に勤務していたがジュードの養子となり王都のロザリオ侯爵邸の執事として活動する事となったのである。余談だが侍女として仕えたマリアンヌ・ヌーヴェルはソルト・シルフォード男爵に嫁ぎ、アン・フレイヤはロザリオ侯爵家と親交のある豪商の息子と結婚し、両人はロザリオ侯爵家を退職している。元婚約者であるラーナの遺児のラーニャとラフィットはアルクエイドの経営する孤児院で育った後に孤児院を出た。ラーニャは医術の道を選び、紆余曲折を経て薬師として成功した後にラーニャに一目ぼれした同僚と結婚し子供を儲け、独立し夫婦で薬局を経営している。ラフィットは商人の道を選び、アルクエイドと親交のある豪商の元で就職した。ラフィットは優れた才覚で出世し後に店を任され、現在でも繁盛している
「何事にございますか?」
そこへ現れたのはアルクエイドの愛妻であるアシュリー・ゴルテア改め、アシュリー・ロザリオ(今年で36歳)である。双子を産んでもなお体型は維持しており、その美貌は益々、美しく気品に満ち溢れていた
「アシュリーか、たいした事ではない。ジュードのいつもの癇癪だ。」
「旦那様、そのような事を申されてはいけませんわ。ジュードはロザリオ侯爵家を支える柱石なのですから。」
「流石は奥様、口の悪い旦那様と違って分かってらっしゃる!」
アシュリーに褒められて有頂天になったジュードにアルクエイドは思わず「おい」と突っ込んだ。傍から見ていたデービスは苦笑いを浮かべていると、そこへアルクエイドとアシュリーの息子であるアルダン・ロザリオ【年齢17歳、身長183cm、色白の肌、青緑色の眼、黒髪短髪、気品のある彫りの深い端整な顔立ち、ロザリオ侯爵家令息、堅実で真面目、温厚な性格】がトボトボとした歩行で現れた
「父上、母上、ごきげんよう。」
「あら、アルダン。」
「・・・・如何した?」
息子の様子に気付いたアルクエイドが尋ねるとアルダンはこう告げた
「王太子殿下より謹慎せよと命じられました。」
謹慎と聞いたアルクエイド等は驚きつつ理由を尋ねた
「何、どういう事だ?」
「はい、実は・・・・」
アルダン曰く、王太子グレン・ガルグマク【年齢17歳、身長178cm、赤みの帯びた金色の短髪、碧眼、彫りの深い気品に満ちた端整な顔立ち、国王グランと王妃レミリアの嫡子】がとある娘に現を抜かしており、何度も会うのを辞めるよう諫めたがグレンの勘気に触れて謹慎を告げられたという。アルダンの報告を聞いたアルクエイド、アシュリー、ジュード、デービスは呆気に取られた
「はぁ~、何をやっているんだか。」
「殿下がそのような事を!」
「旦那様、これは一大事にございます!」
「その通りです!畏れ多くもお嬢様は殿下の婚約者にございます。」
グレンの婚約者であるアーシア・ロザリオ【年齢17歳、身長165cm、色白の肌、緑の黒髪のロングヘアー、青緑色の眼、細身、巨乳、気品のある彫りの深い端整な顔立ち、真面目で温厚だが芯が強い性格】はアルクエイドとアシュリーの愛娘である。グレンとの婚約は先の国王グレゴリー・ガルグマクの王命にて結ばれたものであり、現国王であるグラン・ガルグマクも踏襲しているのである
「アーシアは今、どうしているのだ?」
「はい、今はテラスにてお婆様と一緒におります。」
「そうか・・・・」
「旦那様、如何なさるおつもりで?」
ジュードが神妙な面持ちで尋ねるとアルクエイドは「その娘の素性を調べろ」と命じた。ジュードは「畏まりました」とすぐその場を去るとアシュリーが心配そうに尋ねてきた
「旦那様、この婚約は先王陛下、王大妃陛下によるものにございます。」
「それは分かっている・・・・デービス。」
「これに。」
「これより先王陛下の下へ向かう。」
「畏まりました。」
「アシュリー、そなたも同行せよ。」
「畏まりました。」
「アルダン、留守は任せたぞ。」
「はい。」
一方、アルクエイドとアシュリーの娘であるアーシアは祖母であるユリア・ロザリオ(今年で68歳)とお茶会をしていた。お茶会での話はアーシアと王太子グレンとの関係である
「アーシア、殿下とは上手くいっているかしら。」
「は、はい、つつがなく。」
「嘘をおっしゃい、殿下は他の女に夢中だと噂になっているわ。」
「も、申し訳ございません。」
「謝る事はないわ。悪いのは王太子殿下ですもの、どんな理由があれ先王陛下の命を蔑ろにしたのですから、いずれ廃嫡となるわ。」
「は、廃嫡。」
「当たり前でしょう。先王陛下は国を乱すものは身内であっても容赦はしなかったわ。謀叛を起こした腹違いの兄、実の息子でさえもね。」
「は、はぁ~。」
「アーシア、私もアルクエイドも王太子殿下との婚約には反対したわ。でも向こうとしつこくてね。ロザリオ侯爵家を味方につけたいという思惑もあったわ。そこで条件付きで婚約は結ばれたわ。」
「じょ、条件付き?」
「ん、あぁ、貴方は知らなかったわね。実は婚約を結ぶにあたり、ある条件がアルクエイドより提示されたわ。互いの婚約者に想い人ができたら婚約を解消にするとの条件よ。勿論、互いに裏切らぬよう神の御前にて正式に結ばれたわ。」
それを聞いたアーシアは昔を思い出していた。両親と共に神殿に訪れて、先王陛下夫妻、国王陛下夫妻、そして婚約者であるグレンと共に何かの儀式が行われていた事を・・・・
「アーシア、王太子殿下との婚約は解消されても貴方はまだ若いわ。それに貴方に懸想している御令息がいっぱいいるのよ。」
「は、はあ~。」
「あら、信じていないのね。貴方が王太子殿下の婚約者に選ばれたと知った御令息は落胆したそうよ、本当に。」
「いいえ、信じていないわけではありません・・・・ただ。」
「ただ?」
「お父様とお母様のようになれるかどうか・・・・」
アーシアはいつまでも仲睦まじい両親に憧れており、彼女自身もそのような日々を夢見ていた。最初の頃は王太子グレンと仲良くしていたが妃教育もあって段々と関係も疎遠になっていき、しまいには他の女性に夢中で自分に会いに来る事すらなくなった。それもあってアーシアの胸中は不安でいっぱいだった
「まぁ、貴方の気持ちは分かるわ!誰だって先行きは不安ですものね。」
「・・・・はい。」
「だからといって諦めてはいけないわ。貴方の事を大切にする殿方は必ず現れるわ。最後まで希望を捨てては駄目よ。どんな形であれ幸せは訪れるわ。」
「はい、お婆様。」
一方、王太子グレンはというとアルダンに謹慎を命じたその足で想い人との逢瀬を楽しんでいた
「遅くなった、カリン。」
「待ってたわ、殿下♡」
グレンを出迎えていたのスカーレット男爵家の養女であるカリン・スカーレット【年齢17歳、色白の肌、金色のロングヘアー、ツインテール、碧眼、細身、巨乳、彫りの深い小動物系の可愛らしい顔立ち、元は平民】である。グレンは妃教育に忙しいアーシアに次第に冷めていき、カリンの天真爛漫な笑顔と不思議な魅力の虜になっていたのである
「随分と時間がかかったのね。」
「あぁ、煩わしい虫を追い払うのに時間がかかったんだ。」
「そう・・・・それよりもいつになったら婚約者と別れてくれるの?」
「そう簡単には無理だ。この婚約はお爺様が決められたものだから・・・・」
「だったら濡れ衣を着せればいいじゃないですか♪」
天真爛漫な笑顔から放たれる悪意のある言葉に流石のグレンも躊躇した
「い、いや、流石にそれはどうかと思うぞ。もし露見すれば私も只ではすまない・・・・」
「心配いりませんよ、アーシア様が私を苛めたと嘘をつくだけでいいんですから♪」
「う、う~ん。」
「(うじうじしてんじゃないわよ、私はヒロインなのよ!)」
未だに煮え切らないグレンに苛立ち始めたカリンは心の中で罵りつつ、次のように述べた
「殿下は私を愛していると言ってくれたじゃない!あれは嘘だったの!」
「い、いや、嘘じゃないよ・・・・」
「じゃあ、協力してください!さもないと私と殿下の関係をばらしますよ!」
「う、ううん。」
グレンは渋々、承諾するしかなかった。惚れた弱みなのか、そうするしかなかったとグレンは自分に言い聞かせるしかなかったのである
「(覚悟しなさい、悪役令嬢、王妃の座は私の物よ!)」
そんなグレンをよそに女狐は虎視眈々と野心を燃やすのであった