第九話:脱走兵
ここはゴルテア侯爵領の山道、その山道でライラ・ゴーデリア率いる騎士隊とモヒカン頭の山賊たちが戦っていた。
「山賊共を一人残らず討伐せよ!」
「「「「「オオオオオオオ!」」」」」
「野郎ども、返り討ちにしてやれ!」
「「「「「ヒャッハー!」」」」」
その中にはシェズも含まれており、両者は激突した。山賊たちは地の利と弓矢を使い、更に霧を利用して騎士たちを攻撃した。騎士たちは盾を使って矢を防ぎつつ、反撃を伺っていたが霧と地の利を得た山賊によって翻弄された
「隊長、一旦退却致しましょう!」
「仕方がない、退却だ!」
「野郎ども、騎士共を一人残らず逃がすな!」
「「「「「ヒャッハー!」」」」」
ライラ率いる騎士隊は退却を余儀なくされたが、山賊たちの追撃により騎士たちの何人かは討ち取られた。ライラ率いる騎士隊は山賊たち相手に奮戦していたが、シェズは我が身可愛さでどさくさに紛れて先に山を下り戦場を離脱した
「(俺はこんなところで死ぬわけにはいかん!)」
一方、ライラ率いる騎士隊の下へ別の任務に当たっていた他の騎士隊が援軍が駆けつけ、山賊たちを一網打尽にする事に成功したのである。ライラは生存者を確認し、戦死した味方の死骸を集め確認するとシェズの姿がいない事に気付いた
「おい、シェズはどうした!」
「こ、これで全員ですが。」
ここに来てシェズが逃亡した事に気付いたライラは激昂した
「あやつ、逃げおったか!」
一方、シェズは命からがら兵舎に辿り着き、援軍を差し向けるよう別の騎士隊に掛け合っていた
「どうか援軍を!」
「この大雨では無理だ。」
「ですがこのままだと!」
「申し上げます!」
そこへ味方の伝令が駆け付けた。別の騎士隊と合流し山賊たちを討伐した事が報告されたという。知らせを聞いたシェズの表情が曇り始めた。シェズはライラたちに黙って戦場を離れてしまったのである。事情を知らない味方の騎士から「援軍を差し向ける必要が無くなったようだな」と茶化されたがシェズは「え、ええ」と答えるしか出来なかった
「(不味い、不味い、不味い。)」
シェズのやった事は完全な敵前逃亡であり、騎士の風上にもおけない卑怯な行いをしたのである。自分可愛さに逃亡し、援軍を呼ぶ形で逃亡の罪を有耶無耶にしようと思ったが失敗に終わったのである
「(もし俺がいなくなった事がばれたら確実に殺される!)」
シェズが恐れていたのは隊長のライラの存在である。ライラは曲がった事が大嫌いで卑怯な振る舞いは断じて許さない熱血漢である。シェズの取った行動は完全な敵前逃亡であり間違いなく死罪である。シェズはこれから起こる事を予期した事で冷や汗をかき顔の血色がなくなり、色白の肌は更に真っ白になった。シェズの様子がおかしい事に気付いた他の騎士が心配そうに尋ねた
「どうした、顔色悪いぞ?」
「ん、いや何でもない。」
シェズはその場を離れ、自分の部屋へ戻ると貴重品やら何やらをリュックに入れ、人目を避けて兵舎を後にし逃亡したのである
「(アシュリーに・・・・あの女に会うまでは死ねない!)」
逃亡したシェズと入れ替わる形でライラ率いる騎士隊が帰還すると留守を預かっていた他の騎士たちからシェズの事を知ったのである
「援軍!私はそんな命を出していないぞ!」
「え、シェズがそのように申しておりましたが・・・・」
「あやつは勝手に戦場を離れたんだ!」
「戦場を勝手に離れた!」
「そうだ!あやつはまだここにいるのであろう!ここへ連れてこい!」
「ははっ!」
留守を預かった騎士たちが部屋を向かうと既にもぬけの殻であり、他の騎士たちも「あいつ、本当に逃亡しやがった」とこの場にいないシェズを罵った。シェズが逃亡した事をライラに知らせると、「探し出せ、抵抗すれば殺しても構わん」と騎士たちに命を下した
「くっ!旦那様に申し訳がたたん。」
ライラは主であるクリフ・ゴルテア侯爵より「シェズを監視せよ、逃亡すれば迷わず斬れ」と密命を受けていたのである。ライラは四六時中、シェズを監視していたが、このような形で主からの密命を破ってしまった事に自分自身を責めた
「旦那様にシェズが逃亡した事、知らせなくては!」
ライラは早速、シェズが逃亡した事を知らせるべく王都に向けて早馬を送った。誰よりも自分に厳しく責任感の強いライラは死罪を覚悟をしつつ、職務に励むのであった
「逃げただと?」
「はっ。」
シェズが逃亡した事はアルクエイドの耳にも届いた。ジュード曰く、山賊たちとの乱戦でシェズを見失い、その後は兵舎を逃亡し行方知れずとなった。シェズを監視していた隠密もくまなくシェズを探索中との事である
「申し訳ございません。」
「逃げたとなれば仕方がない。むしろ亡き者にする大義名分ができた。ジュード、見つけ次第、亡き者にしろ。」
「畏まりました。」
それから数日後にゴルテア侯爵邸にも知らせが届いた。クリフは「はあ~」と溜め息をついた後、アシュリーを呼ぶよう命じた。呼ばれたアシュリーは何事かと思い、父のいる執務室に入った
「お呼びのございましょうか?」
「先程、知らせが届いた。シェズが敵前逃亡の上、そのまま行方をくらましたそうだ。」
シェズが逃亡したと聞いたアシュリーは、「はあ~」と深い溜め息をついた後、父に尋ねた
「それでどうなさいますか?」
「うむ、あやつはゴルテア侯爵家の面汚しで騎士の風上にもおけない卑怯者だ。警備隊に連絡し指名手配にする。」
「私も同意見にございます。」
アシュリーは初恋の相手だったシェズに対し、完全に見切りをつけ、見捨てる決断を下した。アシュリーはこれから来る明るい未来【アルクエイドとの婚約】に向けて足を進めるのであった
「(シェズ、私の未来のために消えてちょうだい。)」
アシュリーは心の中でそう告げ、自分の部屋へ戻った。その後、ゴルテア侯爵家は警備隊に逃亡したシェズを指名手配するよう依頼した。ガルグマク王国の法律で敵前逃亡した者は【懸賞付きの脱走兵】として扱われ、もし抵抗すればその場で殺しても構わないのだという。手配書が作成され、冒険者たちは血眼になってシェズを探すのであった
「脱走兵が出たんだってよ。」
「しかも懸賞金付きだぜ。」
「早く手配書を寄越せ!」
その頃、指名手配されている事に気付いていないシェズはというと逃亡した先の町の宿に宿泊していた。シェズは「ポルト・オーガス」と名を変え、変装しながら潜伏していたのである
「今頃、俺の指名手配がされているはず・・・・」
シェズは兵舎から逃亡してから数日後に、自分が逃亡した事に激しく後悔した。ガルグマク王国では敵前逃亡した者は【懸賞付きの脱走兵】として扱われ、もし抵抗すればその場で殺しても構わないのだという恐ろしい法律があるという事を今頃になって気付き、自分自身を殴りたいと何度も思い続けていると扉からノック音がした。シェズはビクッとしたが今は変装し、名前も変えているためそう簡単にばれないと思い、扉を開けると宿の店主だった
「何か?」
「いやあ、近頃物騒になりましてね。この手配書が出回っております。」
「それはどうも(よし、ばれてない)」
平静を装いつつ、手配書を受け取ったシェズは静かに扉を閉めた後、手配書を見た。案の定、自分の手配書である、自分の名前、年齢、身長、似顔絵等が細かく書かれており、手配書作成に関して情報提供者の覧にゴルテア侯爵家の名が記入されていた。自分を犯罪者として手配したのはゴルテア侯爵家、頭の中では分かっていたがやはり許せなかった
「(おのれえええ、ゴルテア侯爵家!おのれえええ、アシュリー!)」
シェズはゴルテア侯爵家及びアシュリーに対し、逆恨みをし復讐に燃えるのであった