第八十九話:災い
「お前たち何故、このような事をした?」
広間にてアルクエイドはラーニャとラフィットを問い詰めていた。実はラーニャがロザリオ城の宝物をこっそり盗み出していた事が隠密の知らせで発覚し2人を連行したのである。場合によっては側で控えているバニー率いる騎士隊によって処罰する手筈である
「もしこのまま黙っているのであればお前たちを罪人として処罰せねばならぬ。」
アルクエイドが厳しく問い詰めると、ラフィットは今にも哭きそうな顔をしていた。するとラーニャはアルクエイドを睨み付けて、こう返した
「いいじゃん、別に。」
「何?」
「貴族なんだから宝の1つや2つ無くなっても困らないじゃん!あたしたちから税を奪って裕福に暮らしをしているくせに!」
ラーニャは思いのたけをぶちまけた。すると騎士隊は剣を抜き、2人に近付こうとした瞬間、アルクエイドは「待て」と命じた。騎士隊が控えると再びラーニャの方へ目線を向けた
「そんなに貴族の娘に生まれたかったか?」
アルクエイドがそう尋ねるとラーニャは何も言わずにアルクエイドを睨み付けた
「確かに我等、貴族は民から税を取っている。中には重税を敷いて私服を肥やす貴族も存在する。だが貴族は平民と比べて不自由な暮らしをするかもしれんぞ。」
「不自由な暮らし?」
ラフィットが首を傾げるとアルクエイドはラーナとシリウスの事を話し始めた
「そうだ、お前たちの母であるラーナが何故、シリウスと駆け落ちしたか教えてやろう。貴族はな自由な恋愛、つまり好きな相手と結婚する事が出来ないのだよ。」
アルクエイドの口から好きな相手と結婚する事が出来ないと聞かされたラーニャとラフィトは目が点になった
「結婚する相手は親によって決められる。貴族の婚約は家同士が存続するために子供、特に貴族の娘は道具として扱われるんだ。好きな相手がいても家のために泣く泣く別れる事も珍しくない。ラーナはそれが嫌でシリウスと駆け落ちをしたんだ。」
ラーニャとラフィットは両親のなれそめを聞いてギョッとした表情を浮かべた。アルクエイドは更にスリアリン伯爵家の事も語った
「それだけではない、貴族の婚約は国王だけではなく国に住む王族や貴族たちにも知れ渡っている。婚約を結んだ両家は国に報告するのが決まりだからだ。ラーナが駆け落ちした事でスリザリン伯爵家は国王を始め、王族・貴族たちから蛇蝎の如く冷たい目で見られた。」
「ど、どうして?」
ラフィットが理由を尋ねるとアルクエイドは分かりやすく教えた
「約束だよ。貴族の世界で約束は命よりも大事なんだよ。だからラーナが駆け落ちした事で婚約は破談となった。勿論、ラーナの実家であるスリザリン伯爵家は約束を破った貴族としての汚名を被り、最期は一家揃って死んだんだ。」
アルクエイドがそう言うとラーニャとラフィットは「あっ」と何かを思い出したような表情をした
「ん、どうした。」
「思い出した。そこにいる騎士さんがそのような事、言ってた。」
ラフィットが指指した方向を見ると、騎士隊長のバニーがアルクエイドの方を見ていた
「そうなのか、バニー。」
「御意にございます。」
「うむ、なら話が早いな。」
「じゃあ・・・・貴族になれないの?」
先程まで喧嘩腰になっていたラーニャはへたりこんだ。アルクエイドは黙っていたがラーニャが年頃まで成長し貴族の妾になり、子供を産み、いずれは貴族の後妻となり子供が跡取りになる可能性もある。ラフィットが成長し騎士になり騎士爵(準貴族の身分)を得て、下級貴族の令嬢と結婚して貴族の仲間入りを果たす事もできるが平民育ちのこの2人には荷が重いと思い、あえて言わなかった。だが2人のその様子を見たアルクエイドは可哀想な目で眺めていた
「スリザリン伯爵家が没落した以上、お前たちに貴族になる道は無くなった。仮になれたとしても貴族の礼儀と一般常識がないお前たちでは間違いなく孤立する。貴族になれたからといって必ずしも安泰ではない。一方間違えれば奈落の底へ落ちるまでだ。」
「うう。」
ラーニャはこの世の終わりのような顔をした後、しくしくと泣き始めた。そんなラーニャにアルクエイドは励ましの言葉をかけた
「だが道は1つではない。平民ともなれば自由に職業を選ぶ事ができる。自分の才覚次第で成り上がる事だって可能だ。騎士や冒険者や商人や役人等、男女問わずなれる職業はいっぱいある。」
アルクエイドがそう言うと2人は顔を上げ出した
「私が経営する孤児院はしっかりした教育が受けられる。孤児院から騎士や冒険者や商人や役人になった者もいる。お前たちが努力次第で道はいくらでも切り開ける。」
「ほ、本当に?」
「私は嘘は言わぬ。」
「お姉ちゃん!」
「ら、ラフィ。」
「僕、頑張るよ!だからお姉ちゃんも頑張ろう!」
弟からの励ましにラーニャはアルクエイドの方へ目線を変えて一言、「御免なさい」と謝罪した。アルクエイドは「二度とするなよ」と警告した後に下がるよう命じた。2人は騎士隊に連れられ下がるのを確認するとそこへユリアとアシュリーが広間の別室から出てきた
「なかなかの差配だったわよ。」
「お褒めに預かり恐悦にございます。」
「閣下、あの子たちは本当にやれるのでしょうか?」
「まあ、こればかりはあの子たち次第、私たちはそれを見守るだけです。」
「アシュリー嬢、アルクエイドの言う通り一歩引いて見守るしかないわ。」
「・・・・そうですわね。」
一方、ラーニャとラフィットはロザリオ城の中庭にいた。ラーニャは何か思いつめた表情をしていた
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「あいつ・・・・嘘をついた。」
「え。」
ラーニャ曰く、平民が貴族になれる方法はあると知っていたのである。実は父(実父ではない)のシリウスから貴族になれる方法を聞いていたらしく、それを覚えていたラーニャはアルクエイドに対して不信感を抱いていた
「貴族にはなれないなんて嘘をついたんだ。」
「で、でも。」
「あたしは子供だからできないけど、大人になれば貴族になれる。」
「お姉ちゃん、よそうよ。僕たちは・・・・」
「ラフィ!アイツの言う事を信じないで!」
ラーニャはアルクエイドの事を本心から信じていなかった。あの場で謝罪したのも処罰を受けるのが嫌だったから嘘をついたのである
「お、お姉ちゃん。」
「アイツはママの前で結婚しているって嘘をついたのよ!」
「で、でも。」
「こうなれば何が何でも貴族になってやる!」
2人の様子を監視していた隠密によって報告を受けたアルクエイドとユリアは「はあ~」と溜め息をついた
「やはりすぐには変わらぬか。」
「アルクエイド。」
「何ですか、そのような神妙な顔をされて。」
「場合によってはあの娘を亡き者にしなさい。」
ユリアから放たれる冷酷な言葉にアルクエイドは「何故?」と尋ねるとユリアは理由を語り始めた
「あの子はどんな手段を使っても貴族になろうとしているわ。もしこのロザリオ侯爵家に災いをもたらすのであれば排除するしかない。その事は貴方が一番分かっているわよね。」
「・・・・ええ、その通りですね。」
するとアルクエイドとユリアの間には血生臭い風が吹き付けた
「あの娘を見ているとラーナを思い出すわね。」
「ええ、まさにあの女の娘、顔立ちも性格も瓜二つです。」
「死んでもなお人騒がせね、あの娘は・・・・」
「ええ。」




