第七十二話:和睦案
ここはネマール国ネマール湾、ロッキードは家族と一族を引き連れて改めて、プロイアに投降する旨を伝えた。プロイアは一族を引き連れて亡命したロッキードを快く投降を受け入れた
「ロッキード殿、よくぞ御決断された。」
「最早、あの国にいても何れウルザに殺されます。ウルザが罪人たちに構っている間に亡命した次第です。」
「うむ、貴殿の投降、承知した。陛下にもこの事を言上致す。」
「忝い。」
その後、ロッキードはネマール国国王のジョージ・ネマールに拝謁し、ネマール国の亡命を認め、厚遇した。一方、極度の人間不信に陥っていたウルザは食事や就寝も異常なまでに慎重かつ用心深く神経を尖らせており、そのためか眠れぬ日々が続いた
「眠れぬ。」
ウルザはベッドに起き上がり、自分で蝋燭に火を灯した後、医者から処方された睡眠薬を飲んだ。本来であれば処方された通りに飲めばいいんのだが、処方通りにしても眠れないため多量に睡眠薬を服用していた
ギギィ
「誰だ!」
突然、物音がしてウルザは振り向いた。するとあちらこちらにギギィと音やパンパンという音がしてウルザは剣を抜いた。ウルザは特に物音がする方向へ近付いた。すぐ側まで近付くと物音がピタリと止んだ
「誰かいるなら出てこい!」
ウルザがそう言うが何の反応もなかった
「何だ、気のせいか。」
ホッとした瞬間、頭上から水滴らしきものがウルザの顔に落ちてきた。ウルザは何事かと顔についた水滴を見るとそれは赤かった
「何だ、これは?」
するとポタポタと赤い水滴が落ちてきて、ふとウルザが頭上を見上げると・・・・
「ウワアアア!」
ウルザは思わず悲鳴を上げた。頭上には血塗れで自分を恨めしそうに見つめるアルルの姿があったのである
「あ、アルル。」
「・・・・へいか、へいか。」
「おのれ!迷うたか!」
ウルザは剣をアルルに向けたが背後に気配を感じ、振り向くとそこには血塗れでウルザを恨めしそうに睨んでいるベネトンの姿があった
「べ、ベネトン!」
「へいか・・・・」
「おのれ、貴様もか!」
ウルザは思わずベネトンを斬り付けたがスカッとすり抜けた
「来るな、来るな!」
ウルザは剣を振り回したが全てすり抜けてしまい、勢いあまって転んでしまった。そんなウルザをアルルとベネトンの亡霊がゆっくりゆっくりと近付いた
「おのれ、亡霊め!」
ウルザは剣を突き立て突撃するとズブリと感触を感じた
「ギャアアアア!」
悲鳴を上げたのはアルルとベネトンの亡霊ではなく世話係の者であった
「陛下、御乱心!」
「陛下、どうかお鎮まりを!」
「誰か手を貸してくれ!」
「来るな、亡霊ども!」
ウルザの悲鳴を聞いた騎士と従者たちは必死に剣を振り回すウルザを止めようとした。騎士と従者たちの目にはアルルとベネトンの亡霊の姿はなく、突然発狂するウルザしか見えていなかった
「陛下!」
「来るでない!亡霊ども!」
ウルザを抑えつける間に多数の怪我人が出たのは言うまでもなかったのである。それから朝になりウルザがようやく我に返り、昨日起こった惨状を目にすると自分自身が壊れていく事に恐怖を抱いた
「も、もう、いやだ。」
ウルザはこれ以上、戦争を続けたくないという思いが心を占め、和睦を考え始めるのであった
「早く戦争が終わってほしいですね。」
「そうですわね。」
ここはガルグマク王国ロザリオ侯爵邸にてアルクエイドとアシュリーがネマール国とハルバード王国の戦争が早期終結を望んでいた
「あれから3か月が経ちましたがハルバード王国はまた攻めてくるのでしょうか?」
「うん、先の戦で10万人以上の将兵を失い、更に王妃と宰相も謀反の疑いで処刑、ロッキード・プレミアム侯爵はネマール国に亡命、今のハルバード王の立場は非常に危ういものになりました。これではネマール征伐どころではないでしょう。」
「それでは戦争は終わるのですか?」
「こればかりはハルバード王次第ですね。」
「失礼致します。」
アルクエイドとアシュリーが話をしているとそこへジュードが現れた
「どうした、ジュード。」
「ははっ、王宮からの御召しにございます」
「そうか・・・・アシュリー嬢、申し訳ないが私はこれより王宮に向かうので日を改めていただきたい。」
「分かりました、ではごきげんよう、閣下。」
「ごきげんよう。」
アシュリーを見送った後、アルクエイドは正装に身を包み、馬車に乗って王宮へ向かった
「恐らくハルバード関連だろうな。」
王宮に到着した後、アルクエイドは王宮付きの執事の案内で国王のいる執務室へと向かった。アルクエイドは身嗜みを気にしつつ国王のいる執務室に入るとそこには国王グレゴリーと宰相のレスターがいた
「御召しにより馳せ参じました。」
「うむ、よう参った。」
「ロザリオ侯爵、今日そなたを呼んだのは他でもない。そなたの考えを聞きたいのだ。」
レスターの口から意見を求められた。アルクエイドはハルバード関連だと確信した
「不躾ながらお尋ね致します。それはハルバード王国に関する事にございましょうか?」
「その通りだ。」
「して向こうで何か動きが?」
「うむ、ハルバード側が我が国とネマール国に和睦を持ち掛けてきたのだ。」
ハルバード王国から和睦を持ち掛けるという事は向こうも戦争を早期終結する事を望んでいるようだ
「ハルバード王から和睦とは、どのような風の吹き回しでしょうか?」
「あぁ、全くだ。和睦の理由自体も呆れたわ。」
「不躾ながらお尋ね致します、先方は何と?」
「あぁ、此度の婚約破棄は女狐と家臣たちの讒言によるもので自分は完全な被害者だと言うて来ておる。また此度の戦争も同様に家臣たちの讒言で仕方なく起こしたものだと本当に虫の良すぎる内容だ。」
和睦の理由を聞いたアルクエイドはどこまでおめでたい頭をしているのかと呆気に取れられていた。ウルザの言動に国王も同様に呆れて物が言えなかった。それとこれとは別に和睦関連の事を深く尋ねる事にした
「して私にどのような事をお尋ねに?」
「うむ、和睦を受け入れる条件だ。余としては大事な姪を蔑ろにしたハルバード王に対して慰謝料、戦場で戦死した兵士たちの遺族に支払う見舞金、戦争で消費した武器や兵糧も含めて賠償金を要求するつもりだ。問題はハルバード王国に領地を割譲するかどうかでネマール国と揉めていてな。そこでネマール国に行ったそなたに意見を求めようとレスターと相談していたところだ。」
「畏れながらガルグマク公爵閣下も共に参りましたが?」
「レオナルドからは、そなたに意見を求めるよう推薦があった。」
「左様にございますか(上手く逃げたな、ガルグマク公爵。)」
「それで何か妙案はないか?」
「ははっ、畏れながら申し上げます。我等は賠償金のみを要求し領地の割譲はネマール国のみにしましょう。」
アルクエイドの口から賠償金のみの請求という意見にグレゴリーとレスターは静かに聞いた
「ガルグマク王国はネマール国に援軍を派遣致しましたが実際にハルバード王国と戦争を行ったのはネマール国にございます。彼の国の水軍がハルバード王国親征軍を壊滅させました。」
「そうであろうな。」
「ネマール国はガルグマク王国とハルバード王国の政争に巻きまれた以上、彼の国に借りを返すのが筋かと私は思います。」
「うむ。レスターよ、どう思う?」
「ははっ、ロザリオ侯爵の言い分は最もかと。」
「うむ。ロザリオ侯爵、そなたの意見を採用しよう。」
「ははっ、有り難き幸せ。」
「レスターよ。この事、ネマール国に知らせよ。」
「ははっ!」
ガルグマク王国からの提案書がネマール国に届いた。ネマール国国王のジョージ・ネマールは宰相のロング・ロドリゲス、元帥のプロイア・ヴァルカンを召し出しガルグマク王国からの提案について意見を聞いた
「ロング、プロイア、ガルグマク王は賠償金のみの請求という譲歩案を提示してきたぞ。」
「向こうも我が国と仲違いするのは得策ではないと判断したのでしょう。ハルバード王国側から和睦を持ち掛けましたが未だに緊張は続いております。」
「左様、ハルバード王がまた仕掛けてくる可能性あり、諸国も静観の構えを貫いております。ガルグマク王国と足並みを揃えて圧力をかけましょう。」
「うむ、では我等は賠償金と領地の割譲としよう。」
こうしてガルグマク王国とネマール国との間で改めてハルバード王国に対しての和睦案を提示した。ガルグマク王国側からは多額の賠償金、ネマール国側からは多額の賠償金&領地の割譲【ネマール国近くのハルバード王国が支配している複数の島々】という圧倒的にハルバード王国が不利であり不平等といえる和睦案にハルバード王国側がどう対処するのかが見ものである
「さて、ハルバード王国はどう出るかな?」
アルクエイドはロザリオ侯爵邸にて遠方のハルバード王国のある方角を見ながら優雅にティータイムをするのであった




