第七十一話:獅子身中の虫
ここはハルバード王国のハルバード港、小舟に乗って帰還したロッキードはすぐに王宮へ向かった
「早くこの事を知らせねば!」
プロイアとチャーチルの遣り取りを盗み聞きしたロッキードは家族や一族の命を助けるためにウルザの下へ向かった。王宮に到着しウルザのいる執務室に向かうとそこにはウルザと僅かな側近だけだった。幸いなのはベネトンがいない事である
「ロッキード、随分と早い戻りだな。」
「陛下に一刻も早く御報告致したき事がございます!」
「言うてみよ。」
「その前にお人払いを。」
「何故だ?」
「大事な話故・・・・」
「ふん。お前たち、一旦外へ出ろ。」
「「「「「ははっ。」」」」」
ウルザに命じられ側近たちは執務室から出ると、執務室にはウルザとロッキードだけとなった
「して報告とは?」
「はい、畏れながら陛下の御命を狙う者がハルバード王国におります。」
自分の命を狙う者がいると知ったウルザは「誰だ」と尋ねた。ロッキードは一旦、呼吸を整えた後、意を決して報告をした
「首謀者は・・・・王妃陛下と宰相閣下にございます」
アルルとベネトンの名を聞いたウルザは静かに青筋を立てた
「・・・・ロッキード、偽りであればタダではすまぬぞ?」
「嘘ではございません。私が寝ているのを確認したプロイアは側近のチャーチルと密書の遣り取りをこの耳で聞いたのでございます。」
「密書だと?」
「はい、密書には王妃陛下と宰相閣下が陛下の御命を奪った後に戦争を終結させるとの由にございます。もしかしたら他にも一味がいるやもしれません。」
ロッキードの報告を聞いたウルザは半信半疑ながら密書の事を尋ねた
「それでその密書はどうした?」
「残念ながら私が到着した時は既にネマール王の手元に渡っておりました。」
「・・・・そうか。」
「畏れながら陛下、御体の方は如何にございますか?」
「ん?何故、そのような事を聞く?」
「ははっ、プロイアとチャーチルの遣り取りで陛下の御食事に少しずつ毒を盛って弱らせると聞いたのです。もし、それが本当であれば陛下の御体の調子は如何かと思い尋ねた次第にございます。」
その時、ウルザの背筋が凍った。かつて自分はアルルの父であるハンス・ブリザリンをこの手で亡き者にした事を思い出した。確かに恨まれてもおかしくない状況を自分が作ったのである。しかし腑に落ちない点もあった。右腕といえるベネトンが自分を亡き者にしている事である
「王妃は分かるがベネトンが何故、余の命を狙うのだ?」
「ははっ、恐らくは保身の為かと。陛下の御勘気に触れれば身分を問わず処罰する故・・・・」
「余が死ねばどうなる!跡継ぎは!」
「自分の意のままに操れる御方を主君にたてましょう。あの御方は上に媚び、下を見下します。誰が主君であっても同じような事をするでしょう。」
その瞬間、ウルザはアルルとベネトンに強い猜疑心を抱いた。第二次ネマール征伐よりもまずはアルルとベネトンの方を優先する事に決めたのである
「相分かった、一族は解放致す。」
「有り難き幸せにございます。」
「下がれ。」
「ははっ、失礼致します。」
ロッキードが下がった後、入れ替わるようにベネトンが入室してきた
「先程、ロッキードと会いましたが一族を解放するそうですな?」
「あぁ、プロイアの懐柔よりも優先すべき報告を受けたからな。」
「優先すべき報告とは?」
「ベネトン、何故貴様に教える必要があるのだ?」
「も、申し訳ございません!」
青筋を立てたウルザにベネトンはすぐさま謝罪しこれ以上、深入りしなかった
「それで戦争の準備の方はどうなのだ?」
「ははっ、少々時間が掛かりますが何とか。」
「そうか、下がってよい。」
「ははっ、失礼致します。」
ベネトンが下がったのを確認した途端、側近等に命じてベネトンの監視を命じたのである。雑務を終えたウルザはそのまま後宮へ向かうとアルルがあからさまに媚びた様子で出迎えた
「陛下、長らくお待ちしておりましたわ♪」
「うむ。」
あれほど愛していたアルルを今では愛せなくなった。自分の命を狙うからには容赦はしないと心から決めたのである
「陛下、久し振りに御茶会を致しましょう、良い茶葉と菓子を用意しております。」
「いや、遠慮しておこう。」
ウルザの返答にアルルの肌は青ざめ、心配そうに尋ねた
「ど、どこか御体でも悪いのですか?」
「いや、そういう気分にはなれぬだけだ。」
「そ、そうですか。」
「部屋に戻っておれ。」
「は、はい。」
アルルを下がらせた後、ウルザは女官たちに「しばらくは1人でいたい」と告げた後、女官たちはその場を離れた。1人残ったウルザは後宮内を散歩したが気が晴れなかった。愛した妻と信頼していた側近が自分の命を狙っていると知ったウルザはどうすべきなのか悩んでいた。するとそこへ偶然、2人の女官がアルルの噂をしていた。ウルザは見つからぬように物陰に隠れ聞き耳を立てた
「それ本当なの?」
「えぇ、王妃陛下が宰相閣下を陛下の御寝所に招いたのを見たって娘がいたのよ。おまけにキスまでしてたって。」
「ホントに!」
「えぇ、もし陛下が知ったら大変な事になるわね。」
「そうでしょうね。妻と側近が不倫をしてたと知ったら間違いなく血の雨が降るわ。」
「・・・・おい!」
「「はい・・・・へ、陛下!!」」
声をかけられた女官2人は突然、現れた国王ウルザに腰を抜かしてしまった
「先程、詳しく聞かせろ!」
「「は、はい!」」
女官たちはアルルとベネトンの不倫についてありのままを話した。2人はウルザがネマール征伐に出掛けた頃から不倫を始めたという。しかも何人かの女官も協力しているのだという
「それは本当か?」
「は、はい!私は直接見たわけではございませんが、そのような噂は後宮に広まっております。」
「アルルとベネトンが・・・・許せん!」
「「ヒイイイイイ!」」
ウルザは立ち上がり、その足で後宮を出るとすぐさま近衛兵を集め、アルルとベネトンの捕縛を命じた。罪状は不倫した事と自分の命を狙った事によるものである。それを聞いた近衛兵たちは驚愕したのは言うまでもなかった
「良いか、捕縛した後はどんな手を使っても洗い出せ!最悪、殺しても構わん!」
「は、ははっ!」
その後、アルルとベネトンの下へ近衛兵が現れると2人は「何事だ(よ)」と尋ねた。近衛隊長は「陛下の命にて御二方が不義密通を重ねた事、更に陛下の御命を狙ったという罪で捕縛せよとの事にございます」と淡々と告げた。2人が唖然とした様子で今にも気絶しそうになった
「おい、連れていけ。」
2人はその後、苛烈な拷問を受け、洗いざらい白状した。アルルとベネトンは不倫をした事は事実であったがウルザの命を狙うまでは考えていなかったという。報告を聞いたウルザは2人を生き埋めにするよう命じた。2人の不倫を手伝った女官たちも捕縛され、アルルとベネトンと同様に生き埋めになったのは言うまでもなかった。その様子をウルザは無表情で眺めていた
「へ、陛下、御許しを!」
「陛下、御許しを!陛下!」
「「「「「お許しください!」」」」」
「やれ。」
アルルとベネトンと女官たちは必死で命乞いをしたがウルザの心は決まっていた。勿論、逃げ出さないように手枷と足枷をはめられ、足の筋を切られそのまま生き埋めにされた。その頃、ロッキードは一族を引き連れて、ネマール国に亡命をした。もし露見すれば間違いなく自分たちは殺されると思い、本当の意味で投降をしたのである
「さらば、ハルバード王国。」
ロッキードは一族と共に故郷を後にしてネマール国へと向かった。ロッキードがネマール国に亡命した事を知ったウルザは益々、人間不信気味になったのは言うまでもなかったのである
「もう・・・・誰も信用できん。」




