第三十七話:報連相
ここはロザリオ侯爵邸、客間には当主会談が行われた。一方はロザリオ侯爵家当主のアルクエイド・ロザリオ、もう一方はナミリヤ伯爵家当主のリコール・ナミリヤ、絶縁状態の両家がこうして顔を合わせたのである
「お久し振りですね、リコール・ナミリヤ伯爵殿。」
「お久しゅうございます、ロザリオ侯爵閣下。」
「ナミリヤ伯爵殿、御父上は息災にしていますか?」
アルクエイドがリースの事を尋ねるとリコールの眉を潜めた。父が精神を病み、精神病院に通院している事を既に知っているにも関わらず尋ねるとは嫌みにもほどあると憤りつつも最大限の理性を抑えつけた
「芳しくはありませんが、つつがなく過ごしております。」
「そうですか。精神病院に通い詰めている聞きましたが、つつがなく過ごしているであれば私も安心しました。」
「お気遣い感謝致します。」
「さて、ナミリヤ伯爵殿。和解の事、御家族は何か仰いませんでしたか?」
「・・・・父には伝えておりません。」
「・・・・何?」
前当主であるリースに和解が伝わっていない事を知ったアルクエイドは声色を変えた。リコールは優しく語りかけるアルクエイドの声が突然、低く凄味のある声に変わった事で背筋がゾクッとした
「何故、伝えない?」
「ち、父は病を患っておりますれば、あ、後で報告しようと・・・・」
「ナミリヤ伯爵殿。」
「は、はい!」
「いつ如何なる時も【報連相】は大切ですよ。ましてや貴殿も貴族の一員であれば報連相は綿密に行わなければいけないのですよ。例え相手が病人であろうともだ。」
アルクエイドから放たれた正論にリコールはしまったと後悔し始めた。確かにこのような大事な事を前当主である父に伝えなかった事は父の体を気遣い、事後報告をしようと思ったが、アルクエイドからは貴族として生きる上で報連相の大切さを説かれ、リコールは顔から火が出るくらい顔を真っ赤にさせた
「はぁ~、ナミリヤ伯爵殿。突然では悪いがこの会談は中止とする。」
「な、何故ですか!」
「何故って貴殿は前当主である御父上に此度の事を伝えなかった、つまり報連相を蔑ろにした。これでは和解を持ち掛けた私が馬鹿みたいではありませんか?」
「うっ。」
リコールは何も言えず黙りこくった。今回の件でリコールは報連相を怠り、更にアルクエイドの顔に泥を塗る失態を演じてしまったのである
「早速、立ち返り前当主に伝えられよ。これからどうするかは手紙にてお知らせ願いたい。会談を再開するかどうかはそちらの誠意次第、よろしいですね。」
「・・・・はい。」
「ナミリヤ伯爵殿、此度の事が何度も続けば天から垂れてきた蜘蛛の糸が何本あっても足りませぬぞ。」
「・・・・申し訳ありませんでした。」
リコールはトボトボとオリビア侯爵邸を後にした。その後ろ姿を見たアルクエイドとジュードは内心、呆れていた
「あれが現当主とは先行きが危ういな。」
「左様でございますな。」
「ジュード、これよりゴルテア侯爵邸に参る、準備をせよ。」
「畏まりました。」
アルクエイドは着替えを済ませた後、馬車に乗りゴルテア侯爵邸に向かった。その道中でナミリヤ伯爵家と和解しようとした自分の認識の甘さにほとほと嫌気が差したのである
「(はぁ~、いろんな意味で気が重いわ。)」
「馬鹿者!」
ナミリヤ伯爵邸に怒声が響き渡った。リコールは父であるリースにアルクエイドの和解等の話を報告すると、何も知らなかったリースは烈火の如く怒ったのは言うまでもなかった。一緒になって聞いていたリネットとトルコは父(大旦那様)に報告しなかった事を今になって後悔していた
「何故、そのような大事を知らせなかった!」
「知らせなかった事はお詫び致します。もし知らせでもして、父上のお体に触ると思って今までの件を伏せておりました。」
「馬鹿者!そういう大事な事は前もって教えるだろう!社交界では報連相は密に行う事は非常に重要なのだ!それをお前は己の独断で決め、報連相を蔑ろにした!あろう事か和解を持ちかけたロザリオ侯爵の顔に泥を塗るような失態を犯した!下手をすればナミリア伯爵家が断絶の危機にあったのだぞ!」
「申し訳ありません!」
「トルコ、お前がそばについておきながら、何をしておった!」
「申し訳ございません。」
「父上、どうか抑えてください、報告しなかった私も同罪です!」
リネットは激高するリースを宥めつつ、報告しなかった事を謝罪した
「はあ~。良いか、リコール。我等は和解を有り難く受け入れる。ロザリオ侯爵に対しては常に平身低頭せよ!余計なプライドは捨てろ!我等、ナミリヤ伯爵家が生き残れるかどうかの問題だ!」
「ははっ!」
「それと私からの伝言も伝えてくれ、これまでの事、全ては私自身の視野の狭さ、認識の甘さ故に閣下に無礼を働いた事、深くお詫び申し上げますとな。」
「必ずや!」
「はあ~、部屋に戻る。」
怒り疲れたリースはそのまま部屋へ戻った。残されたリコール、リネット、トルコは気が重かった
「すまない。リネット、トルコ、全て私の失態だ。」
「いいえ、私たちも父上にご報告しなかった事も悪いですし・・・・」
「私もです。」
「それで兄上、ロザリオ侯爵にはどう説明を?」
「ああ、此度の事を改めて謝罪の上、改めて機会を設けたいと懇願してみるつもりだ。」
「兄上・・・・私も共に参ってもよろしいでしょうか?」
突然、リネットが一緒に行くと言い出しリコールは驚き、理由を問い質した
「何故、参加するのだ!」
「此度の事の御詫びと和解の真意を尋ねるためです!」
「駄目だ!せっかくの機会を潰すわけにはいかないんだ!」
「だったら尚更行かねばなりません!私もナミリヤ伯爵家の一員です!私たちの家が消えて無くなるのは私は我慢できません!」
リネットの必死な訴えにリコールはこれ以上、何を言っても無駄と感じ連れていく事にした
「分かった、連れていけるようロザリオ侯爵に頼んでみる。連れていく以上はくれぐれも粗相をするでないぞ!」
「はい。」
一方、アルクエイドはゴルテア侯爵邸に訪れ、ゴルテア一家に此度の事を報告した。案の定、ゴルテア一家は「えっ」と耳を疑った
「ロザリオ侯爵殿、それは本当の事なのか?」
「えぇ、あろう事かナミリヤ伯爵殿は前当主に此度の和解の件を知らせていなかったようです。」
「まぁ、ナミリヤ伯爵家の現当主は何と軽率な御方なのでしょう。」
話を聞いたクリフとエリナは現当主であるリコールの軽率さに呆れ返っていた。報連相は社交界では非常に重要であり、それを怠れば貴族としての信用を失いかねないのである。側で聞いていたレオンとアシュリーも報連相の重要性を知っており、そのような大事な事を蔑ろにしたリコールに目が点になった
「レオン令息殿。」
「は、はい。」
「念のために尋ねるが、貴殿は今のナミリヤ伯爵家と親戚になりたいのですか?」
アルクエイドが尋ねるとクリフ、エリナ、アシュリーは一斉にレオンの方へ視線を向けた。4人からの視線にレオンはしどろもどろになりつつも、何とか平静を取り戻し、「はい」と答えた
「令息殿。この先、ナミリヤ伯爵家が同じような事がすれば間違いなく共倒れになると思いますよ。」
「そうだぞ、レオン。お前個人の判断でゴルテア侯爵家が断絶になりかねない自体になったらどうするんだ!」
「そうよ、アシュリーはロザリオ侯爵閣下が守ってくださるけど、貴方は確実に孤立するわよ!」
3人から問い詰められたレオンは「それはやってみないと分かりません!」とやけくそ気味に答えた。その返答に3人は「はぁ~」と溜め息をついた
「お父様、お母様、閣下、お兄様を信じてみましょう。報連相の重要性をお兄様は存じております。お兄様がナミリヤ伯爵家の手綱を締めておけば、きっと大丈夫だと思います・・・・多分。」
「「「「多分って・・・・」」」」
「ご、ごめんなさい。」
アシュリーなりにフォローをしているつもりだが、やはり不安もあるみたいで思わず多分と言ってしまい皆から突っ込まれた。アシュリーは余計な事を言ってしまったと反省した。アシュリーのフォローにアルクエイドは突っ込みつつも一旦、冷静になり今後の事を伝えることにした
「今は向こうがどれ程の誠意を示すかどうかが重要ですね。向こうが私の持ち掛けた和解を蹴るのであればナミリヤ伯爵家は終わりですな。」
アルクエイドの発言に一層、緊張が走った。特にレオンはナミリヤ伯爵家の令嬢の行く末に関わる事なので誰よりも鬼気迫る思いをした
「令息殿、ここからが正念場です。最悪な結果になっても甘んじてお受けする覚悟を決めなければいけません、よろしいですね?」
「は、はい。閣下にお任せ致します。」
レオンも覚悟を決めたのかアルクエイドに任せたのである
「さて、向こうはどうするか。」
こうして両者は和解に向けて再び、接近するのであった




