第三十五話:心変わり
「はあ~。」
ここはゴルテア侯爵邸庭園、1人ポツンと溜め息をついていたレオンの心中は絶望真っただ中であった。レオンが想い焦がれた相手が妹の婚約者の実家であるロザリオ侯爵家から絶縁されたナミリヤ伯爵家とは思わなかったのである
「はぁ~。」
「お兄様。」
「あ、アシュリー。」
そこへアシュリーが現れた。レオンは気まずいのかマトモに顔が見れず、そっぽを向いてしまった
「お父様から聞きました。」
「・・・・そうか。」
「あの、その・・・・」
アシュリーは何か言いたげであったがレオンは・・・・
「いいよ、もう。」
「お兄様。」
「此度の事は私が勝手に惚れて暴走しただけの事だ。」
全ては自分に撒いた種だとアシュリーの前では強がってはいたものの内心では納得できずにいた
「アシュリー、かつてのお前の立場が分かった気がするよ。今でこそ良好な関係を築いているが最初は成金で女遊びが激しい閣下と婚約するのを嫌がっていたな。」
「・・・・お兄様。」
「分かってるよ。今さら閣下を責めたところで、ただの八つ当たりでしかないよ。閣下もそれが分かっていたからあからさまに反対にせずに父上に相談するよう仕向けた。」
「わ、私は・・・・」
「アシュリー、私はお前と閣下の仲を裂くつもりはないよ。あれは一時の迷い、私自身が未熟故だ。」
「・・・・お兄様。」
アシュリーはそれ以上、何も言えず兄の背中を見続ける事しかできなかった。アシュリー自身、婚約者の立場を考えればナミリヤ伯爵家のした事は明らかに自業自得だと分かっているが、身内がナミリヤ伯爵家の令嬢に恋心を抱いていると知り、右往左往&どっちつかずの対応するしかなかったのである
一方、アルクエイドはというとナミリヤ伯爵家の処遇について考えていた。絶縁はしたものの怨んでいたのは前当主であり、現当主にはそれほど恨みはなかった
「はあ~、どうしたらいいものか。」
「ナミリヤ伯爵家の事にございますか、旦那様。」
「ジュードか。」
そこへジュードが現れた。ジュード自身もナミリヤ伯爵家前当主が自分の主のした事を今でも覚えており、絶縁もやむなしと割り切っていた
「旦那様、ナミリヤ伯爵家は自ら首を絞めた結果にございます。」
「分かっておる。」
「はあ~、レオン侯爵令息様も随分な無茶をしてくれましたな。まあ、知らなかったといえナミリヤ伯爵家の令嬢に恋をするなど・・・・」
「ジュード、それ以上言うと許さんぞ。」
「申し訳ございません、口が過ぎました。」
「はあ~。」
アルクエイドは複雑な胸中にあった。婚約者の身内がナミリヤ伯爵家の令嬢に恋心を抱いているという笑えない状況である
「(絶縁した後の前当主は周囲から総スカンをくらい、夫人が愛人と一緒に金目の物を奪って駆け落ち、貧乏暮らし真っただ中、前当主は精神病にかかって精神病院に通院する日々、自業自得だけど流石にやりすぎたかしらね。)」
「旦那様、どうなさいますか。レオン侯爵令息様の事を。」
「・・・・しばらくは様子見だ。」
「ははっ。」
それから数日が経ち、アシュリーが尋ねて来た。何やら神妙な面持ちでやってきたアシュリーにアルクエイドは何となく事情を察したのか、正面から出迎えた
「閣下・・・・」
「ナミリヤ伯爵家の事ですか?」
アルクエイドがそう言うとアシュリーはコクリと頷いた
「閣下は今でもナミリヤ伯爵家が許せずにいるのですか?」
「アシュリー嬢。」
「勿論、分かっています!ナミリヤ伯爵家が閣下に対して無礼を働いた事、私が閣下のお立場であればナミリヤ伯爵家を許せずにいたでしょう!ですが・・・・」
アシュリーの悲痛な表情を前にアルクエイドは少しだけ黙った後、静かに語りかけた
「正直に申しましょう。私が恨んでいたのは前当主であってナミリヤ伯爵家そのものではありません。絶縁状態にしたのも前当主に対して仕返しがしたかった、ただそれだけの事。現当主と令嬢に対して、さして恨みはございません。」
アルクエイドの発言にアシュリーは「それは本当ですか」と尋ねるとアルクエイドは「アシュリー嬢相手に嘘偽りを言うつもりはない」と返答した
「私からも1つ尋ねたい事があります。御父上は此度の事をどうお考えですか?」
アシュリーに尋ねるとアシュリーの表情が曇りつつ、意を決したのか正直に話した
「父はお兄様の婚約者、閣下と親交のある御方の御令嬢を探しております。」
アルクエイドは「やはりか」と悟った。ゴルテア侯爵の判断は正しいと思う。家を残すためには本人の意志を無視してでもやり遂げようとするその覚悟にアルクエイドは当主として立派だと思いつつもレオンの立場を考えれば複雑な心境になる。アルクエイドはそんな状況に嫌気がさしたのか、ある決意を固めアシュリーに告げた
「アシュリー嬢、もし私がナミリヤ伯爵家と和解すると言ったらどうしますか?」
和解という言葉を聞いたアシュリーは「それは本当ですか」と尋ねた
「えぇ、私はあくまでナミリヤ伯爵家前当主個人に恨みはあれど、ナミリヤ伯爵家そのものには恨みは御ございません。」
「で、ですが閣下はそれで、よろしいのですか!」
「前当主は十分過ぎるほどの罰が下りました。それにそこまで恨むほど私は狭量ではありません。」
それを聞いたアシュリーは笑顔だが今にも泣き出しそうな表情を浮かべつつ礼を述べた
「あ、ありがとうございます、兄もきっと喜びます!」
「いずれ私の義兄となる御方、その御方の恨みを買うのは私自身に何のメリットもございませんからね。」
「それでも和解を選んだ閣下の御英断にございます。」
「そう言っていただけると私も踏ん切りがつきました。」
アシュリーが帰った後、ジュードにナミリヤ伯爵家と和解する旨を伝えた
「旦那様が御決めになられたのであれば私に異存はございません。」
「そうか。」
「その前に御領地におられる御母堂様にお知らせせねばなりません。」
「勿論、そのつもりだ。」
アルクエイドは母、ユリア・ロザリオにナミリヤ伯爵家との和解と理由等を手紙に認め、早馬で送った。それから数日後に返書が届いた
「それで御母堂様は何と?」
「私に任せるとの事だ。」
「これで足元が固まりましたな。」
「うむ。」
その後、アルクエイドはゴルテア侯爵邸に赴き、ナミリヤ伯爵家との和解する事を伝えた。それを聞いたアシュリー以外(クリフ、エリナ、レオン)の面々はは天変地異が起きるのではないかと思うくらいギョッとした表情を浮かべた
「ロザリオ侯爵殿、貴殿はそれでよろしいのか?」
「えぇ、私はそこまで狭量ではございません。」
「そ、それではナミリヤ伯爵家と和解の道を選ぶと!」
「えぇ。」
「ロザリオ侯爵閣下・・・・何と御礼を申してよいやら!」
「ですがまだ安心はできません。向こうが和解に応じるかどうかです。向こうは私の事を恨んでいる可能性もございます。」
アルクエイドがそう言うと、ゴルテア侯爵一家の表情が険しくなった。どうやらそこまでは考えていなかった事に気付いたアルクエイドは苦笑いを浮かべながら答えた
「向こうからすれば自分たちを貧乏暮らしに追い込んだ私を恨んでいてもおかしくありません。向こうが拒絶すれば和解は露と消えます。向こうが和解案に乗るかどうかは向こう次第です。」
それを聞いたゴルテア侯爵一家に緊張感が漂った。特にレオンはロザリオ侯爵家とナミリヤ伯爵家が和解するかどうか正念場だと覚悟したのである
「○月○日、私の屋敷にて現当主のナミリヤ伯爵殿をお招きします。結果については私が直々に御報告致します。」
「ロザリオ侯爵殿、改めてよろしくお願いします。」
「「「よろしくお願いいたします。」」」
「えぇ。」
こうしてロザリオ侯爵家とナミリヤ伯爵家の和解が水面下で進められるのであった




