第二十六話:絶縁
「何、マリアンヌ嬢に会わせろだと?」
「はい。」
ロザリオ侯爵邸の執務室にてアルクエイドはジュードからの報告を受けていた。何でもエルマンド子爵家令息であるビスカ・エルマンドがロザリオ侯爵邸門に現れ、「マリアンヌに会わせろ」の一点張りであった
「はぁ~、屋敷の主である私に対してあまりにも失礼だな。」
「如何なさいますか?」
「騎士たちを使って追い返せ。もし抵抗するなら実力行使に出ても構わんとな。」
「畏まりました。」
ジュードが執務室を去った後、入れ替わるようにマリアンヌが入室してきた
「旦那様、ビスカ様が・・・・」
「あぁ、分かっている。ジュードに命じて追い出すよう命じたところだ。」
「申し訳ございません、私の事で大変御迷惑をおかけして!」
「気にするな。マリアンヌ嬢が悪いわけではない。」
「ですが!」
「正式に婚約解消は済ませた。勿論、国も正式に認めている。それをぶり返そうとするのであればエルマンド子爵家は終わりだ。」
「旦那様。」
「仕事に戻りなさい。くれぐれもエルマンド子爵令息には会わぬように、これは命令だ。」
「・・・・畏まりました。」
マリアンヌは迷ったもののアルクエイドの命を受け入れる事にした。アルクエイドもマリアンヌがビスカに会わないように見張りとして隠密をつけており、会おうとした瞬間、阻むようにしていた
「はぁ~、本当に面倒だわ。」
その頃、ロザリオ侯爵邸門前にてビスカ・エルマンドは「マリアンヌに会わせろ」と叫び続けた
「マリアンヌ、いるんだろ!さっさと出てこい!」
「全く騒々しいですね。」
そこへジュードと騎士たちが現れた。騎士たちが現れた事で流石のビスカも叫ぶのを辞めて、身構えた
「エルマンド子爵令息様、既に貴殿とマリアンヌ嬢の婚約は正式に解消されました。勿論、国王陛下も御了承されております。」
「ま、待ってくれ。私はただマリアンヌに一目会いたいだけなんだ!」
「マリアンヌ嬢は貴殿に会いたくないとの仰せだ、どうかお引き取りくだされ。もし居座るのであれば実力行使に訴えますがよろしいのですか?」
ジュードの合図で騎士たちが剣の柄に手を掛けた
「ちっ、覚えてろ!」
ビスカは舌打ちをした後にその場を退散した。ジュードはビスカが退散したのを確認すると屋敷へ戻り、アルクエイドに報告をした
「以上です。」
「ふん、所詮は空威張りだけの腰抜けのようだったわね。」
「如何なさいますか?」
「決まっている。エルマンド子爵家に抗議文を出す。これ以上、やるなら徹底的にやるぞと警告をつけてな。」
「畏まりました。」
「あと、マリアンヌの見張りも怠るな。」
「ははっ。」
アルクエイドが認めた抗議文はすぐにエルマンド子爵家に届いた。ロザリオ侯爵家からの抗議文が届いた事を知ったオルタは恐る恐る内容を確認すると頭を抱えた
「アイツは何をしてくれたんだ!」
「貴方、ロザリオ侯爵は何と言ってきたのですか!」
「ビスカがロザリオ侯爵邸前にて、マリアンヌに会わせろと喚き散らしたそうだ。これ以上、難癖をつけるなら容赦しないと警告をつけてだ。」
流石のビアンカもビスカがロザリオ侯爵邸に怒鳴り混むとは想像していなかったようで、念のためにアルクエイドからの抗議文を一読すると目眩を起こし倒れそうになった
「だ、大丈夫か!」
「あ、ああ。」
オルタに支えられながらビアンカは倒れずにすんだが息子の蛮行にショックを受けていた
「ははは、エルマンド子爵家は終わったわ。」
「ビアンカ、しっかりせい!」
ビアンカはアルクエイドの事を成金と馬鹿にしつつもロザリオ侯爵家(元ロザリオ伯爵家)が歴史ある由緒正しい家で先代と当代も国王陛下と親しい関係を築いていた事を知っていた。下手をすれば国王の耳に入れ調査が入り、やがてはエルマンド子爵家は断絶すると嫌でも悟ったのである
「貴方に私は、私は。」
「ビアンカ、まだ諦めるな。まだチャンスはある。」
「チャンスとは・・・・」
「養子を取る事だ。」
それを聞いた瞬間、ビアンカのヒステリックが発動した
「養子ですって!この期に及んで何を言い出すのですか!」
「まだ分からないのか!ビスカを追放しなければ本当の意味でエルマンド子爵家が終わるんだぞ。ビアンカ、お前はそれを黙って見ているつもりか!」
いつもだったらビアンカのヒステリックに怯むオルタだが後がないと覚悟したのか毅然とした態度でビアンカを叱りつけた。ビアンカはオルタの毅然とした態度で自分を叱りつける姿に面食らったのである
「ビアンカ、これもエルマンド子爵家のためだ。」
夫からの死刑宣告ともとれる言葉にビアンカは堪えきれずに涙を流した。我が子を捨てなければならないと悟ったビアンカはひたすら泣き続け、オルタは黙ってビアンカを抱きしめるのであった
一方、ビスカはというとロザリオ侯爵邸から逃亡し途方に暮れていた。どうにかマリアンヌに会えるか思案に暮れていた
「父上に頼んで会えるよう取り計らおう。」
ビスカはエルマンド子爵邸に到着した開門するよう告げたが返事は一向になかった
「どうした、早く開けろ!」
そこへビスカの父であるオルタが現れた
「父上、どうか門を開けてください。」
「ビスカ、ここにお前の帰る場所はない。」
父の言葉にビスカは呆気に取られたがすぐに我に返った
「何故ですか!」
「先程、ロザリオ侯爵から抗議文が届いた。」
「こ、抗議文が。」
「そうだ、このままではエルマンド子爵家が危ない。よってお前を勘当する事にした。勿論、ビアンカも了承している。」
勘当という言葉にビスカは耳を疑った。何より大好きな母も了承した事に唖然とした
「は、母上が、嘘だ!」
「嘘ではない。お前にはもう愛想が尽きたそうだ。」
「は、母上に会わせてください!」
「無理だ、抗議文が届いた時に気絶しそうになり掛けた。今では寝込むほどの重体だ。」
「う、嘘だ!」
「はぁ~、私もビアンカもお前をそのような子に育てた事を深く反省している。だがこれ以上、エルマンド子爵家が生き残るためには心を鬼にしてお前を廃嫡する!」
「廃嫡!私が廃嫡になったらそれこそエルマンド子爵家が断絶するではありませんか!」
「心配無用だ。遠戚の者を養子に迎え、エルマンド子爵家を継がせるつもりだ。」
「そ、そんな。」
「勿論、お前を裸同然で放り出したりはしない。」
オルタがそういうと、懐から巾着袋を取り出しビスカの下へ投げた
「その袋には金貨10枚が入っている。節約しながらやれば生活できる、後は仕事を見つけて自分で稼げ。」
オルタがそう言うと背を向けた。ビスカはひたすら「父上!」と叫び続けたが一切振り向く事がなくそのまま屋敷へ入っていった。ビスカはというと茫然と立ち尽くした後、巾着袋を握りしめ、そのままどこかへ歩いていった。それから1週間が経ちビスカ・エルマンドは病死し、オルタ・エルマンド子爵は家督を養子に譲り隠居、妻のビアンカと共に領地へ移住したのであった
「そうか、あの令息は病死扱いになったか。」
「左様にございますな。」
「それで令息はどこにいった?」
「その後は行方知れずでして・・・・」
「そうか・・・・マリアンヌ嬢の下へ現れねばよいが。」
「旦那様!」
一人の侍女が慌てた様子で入って来た
「何事だ、騒々しい。」
「申し訳ございません、侵入者が入ってきました!」
「何!それでそいつはどうした!」
「はい、幸い騎士たちが取り押さえ、捕縛致しました!」
「それを先に言え。それでそいつはどこにいる?」
「はい、庭園におります。」
「やれやれ。」
一方、庭園には数人の騎士に取り押さえられた男の姿は服は既にボロボロであったが貴族の服装であった。野次馬のように侵入者を眺める使用人たちの中にマリアンヌもいた。マリアンヌはその侵入者の姿に見覚えがあった。すると男は偶然、マリアンヌと目があった瞬間、「マリアンヌ」と叫んだ。使用人たちは一斉にマリアンヌの方へ向き、「知り合い」と尋ねるがマリアンヌは首を傾げた。すると男は「私だ、ビスカだ!」と名乗りを上げた
「ビスカ様?」
マリアンヌは目を凝らして見ると、姿形はボロボロであったが間違いなく元婚約者のビスカ・エルマンドであった。使用人たちは侵入者がマリアンヌの元婚約者だと分かるとマリアンヌを別の場所へ連れ出そうとするとビスカは叫んだ
「待ってくれ!私と一緒にエルマンド子爵家に来てくれ!一緒に説得すれば私は子爵家に戻れる!」
ビスカがそう叫ぶと、周囲の人間は「あんなのは無視しろ」とか「放っておきなさい」とマリアンヌを連れ出そうとしたが、マリアンヌは「少し時間をください」と周囲を宥め、ビスカを見下ろした。ビスカはマリアンヌから発する冷たい雰囲気に背筋がぞくりとした
「ビスカ様、貴方は正式に病死となり、エルマンド子爵家は別の御方が継ぎました。もう貴方の帰る場所はないのですよ。」
「だ、だから私と一緒に!」
「何度言えば分かるのですか?病死と発表された以上、貴方の居場所は存在しないのですよ。そんな簡単な道理も分からないほど愚かになったのですか!」
「何だと!こちらが下手に出ればいい気になりやがって!」
「もう貴方は貴族ではありません。」
マリアンヌの口から「貴族ではない」と発せられ、ビスカは唖然となったがすぐに泣き落としをした
「ま、待ってくれ、元とはいえかつては婚約者の間柄だろ!」
「私は・・・・貴方の事が大嫌いでした。」
マリアンヌの口から「大嫌い」という言葉にビスカは言葉を失った。そんなビスカの様子をよそにマリアンヌは続けた
「私はどれほど貴方の我儘に振り回され、泣かされたか分かりますか?何度も貴方との婚約を解消してほしいと両親に頼みましたが身分を理由に婚約を解消できませんでした。旦那様のおかげで婚約が解消され、ようやく自由の身になったというのにどこまで私を苦しめれば気が済むのですか、この疫病神!」
マリアンヌの口から放たれる本心にビスカは黙って聞く事しかできなかった、元婚約者からそう思われていた事に気付かなかった、いや気付こうとすらしなかった。マリアンヌとの思い出は走馬灯のように頭に流れていった
「ビスカ様、もう貴方とはお別れです・・・・さようなら。」
マリアンヌはそう言うと背を向けて、そのまま立ち去った。マリアンヌの本心を知ったビスカはもう抵抗する気力がないほど大人しくなっていた。その後、ビスカは警備隊に引き渡され、その後の行方は分からず仕舞となったのである




