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寝取られ令嬢の縁切り




「おや、まだ何か?」

「ええ。実はお父様と親子関係を解消しようかと思うのですが、手続きをお願いできるでしょうか?」

「え? それはまあ……できますが……」


 管理官は言いよどむ。


「その……。確かにこの男の行いを見れば、キャスタール小伯爵がそう思うのも無理ないことかと思いますが……。この国は血統を大事にしている国です。いくらこんな親でも切り捨てては、小伯爵は貴族社会で後ろ指をさされるかもしれません……」

「ええ」

「……よろしいのですか?」

「もちろん」

「わ。分かりました……。ではキャスタール小伯爵からの申し出で『親子関係の解消』の審議を始めさせていただきます……」

「違いますわ」


 当のセシリアから、否定が入った。

 どういうことかと、管理官は目をパチパチさせる。


「実はお父様から……いえ、この方から先ほど、私と血のつながりを否定されましたの」

「と、おっしゃると……?」

「ええ。この方は私の父ではないそうですわよ」

「は……?」


 管理官は思わずセドリックをにらみつける。


「あなたの方から、そんなことを言ったのですか? 分かっているのですか? キャスタール伯爵家の正当な血筋は小伯爵。あなたが小伯爵との親子関係を否認するようなことを言えば、あなたはキャスタール伯爵家の全ての権利を失うのですよ!! それだけじゃありません。あなたは個人の物以外のキャスタール伯爵家の財産は完全に使えなくなります。また相続等においても関係ありません。さらにあなたに系譜する家族もキャスタール伯爵家から除外されます」


 それを聞いたセドリックは、自分の立場がやっと分かったのか、顔を青くした。

 猿ぐつわを外されたセドリックは吠えた。


「言っていない!! その娘が嘘をついているんだ!! 儂がそんなことを言うはずがないじゃないか!!」

「小伯爵……。彼はこう言っておりますが……」

「嘘ですわ。さっき、確かに……」

「残念ながら、役人の前での宣言ならばともかく、家で何を言われてもそれは親子喧嘩としか……」


 セシリアを小伯爵にするのに協力的だった管理官は、なぜかセシリアとセドリックの親子関係を解消するには腰が引けているように見える。

 それもそのはずだ。

 セシリアは知っていた。

 自分の立場をわきまえないセドリックが、何度も親子関係の解消を求めてこの管理官に申し立てをしていたが、そのたびに何故かこの管理官が握りつぶしていたのだ。

 だからセシリアはセドリックが親子関係を否認する発言を聞く役人がもう一人必要だった。

 セシリアは管理官の登場で陰が薄くなっていた案内係にニコッと笑いかけた。


「そこの案内をしてくださったお役人様が一緒に聞いていましたわ」

「え? 僕……いえ、私……ですか?」

「はい」


 セシリアは極上の笑みを投げかかる。

 案内係の若者の息は浅く早くなり、頬はすっかり赤くなった。

 まるで自分はか弱き令嬢を守り、悪漢を倒す英雄ではないか。そういった若者特有の英雄願望、それに魅力的な令嬢が虐げられるのを見過ごせない正義感、急に上司の注目を集めた緊張。そんな感情からすっかり高揚していたのだ。

 若者はカラカラに乾いた唇をそっと舌で拭った。


「はい!! 確かに聞きました。私の血に含まれる魔力にかけて誓います!! その男はセシリア・キャスタール伯爵令嬢は自分の胤ではないと言いました!!」


 彼が手を当てた胸から魔方陣がポワリと浮き上がった。

 管理官は冷静に言う。


「誓約の魔法を使いましたか……。それが偽りだった場合、あなたは魔力を失いますよ」

「偽りではないので大丈夫です!!」


 案内係の若者は胸を張って答えた。

 彼にとってこれは一世一大の見せ場だ。大舞台の主役なのだ。

 けれどセシリアはニコニコしているだけで、管理官は不機嫌に「そうですか」と言うだけである。

 若者は「あれ?」と肩すかしを食らったようだ。

 てっきりセシリアは感激して自分に抱きついてくれ、管理官は「君のような者を案内係などもったいない」と部署替えさせてくれるとでも思っていたのだろう。

 安っぽい正義感だが、セシリアはそれを利用させてもらった。


「なるほど。確かにそうした発言があったらしい……。ですが、それだけでは……」


 管理官はセシリアとセドリックの親子関係を解消させるのに消極的な態度を見せる。


「管理官様が持っているその書類の束……。過去の申し出が書かれているはずですよね?」

「……そうだが?」


 確かに管理官が持っている書類は、貴族からの申し立ての書類だ。その中には可決されたものも、否決されたものもある。


「そこにはこの男が私との親子関係を解消する申し出が出されているのじゃありませんか?」


 管理官はギクッと身体を強ばらせた。

 まさにその通りだからだ。

 自分の立場を何も分かっていないこの愚かな男は、度々セシリアと親子関係を解消したいと申し出ていた。そうすれば伯爵家の全てが自分のものになると勘違いしていたようだ。それを管理官はセドリックに丁寧に説明した。セドリックが諦めるように。その結果、セドリックはセシリアを修道院に入れれば問題ないと斜め上の解釈をしたようだが……。


「本人からの訴え。それにそれを受け入れた役人もいる。親子関係を解消する要因は全てそろっているかと思いますが……」

「しかし……」

「管理官様は私とこの男が親子関係を解消すると何か不都合でも?」

「いや……。その……。あ」


 管理官は瞬時天を仰いだ。まるで何かに聞き耳を立てているようだ。顔を戻した管理官は、すぐにセシリアに向き直って微笑んだ。


「問題ありません。親子関係の解消を申し受けました」

「え?」


 管理官の正反対の態度に、セシリアが驚く間もなく、ガリガリと管理官は書類に何かを書き込んだ。それが全て書き終わった瞬間、書類からポワッと魔方陣が浮き上がり貴族名簿に吸い込まれていく。


「これにてセドリック・キャスタールはセシリア・キャスタールとの親子関係を解消いたしました」


 管理官の態度の変化に釈然としないものがありはしたが、セシリアは頭を下げた。


「ありがとうございます」


 思っていたよりも簡単に、セシリアとセドリックの親子関係は解消された。

 これには理由があった。

 この国で爵位を王から授けられる時、『秘密の小部屋』という亜空間の部屋も与えられる。

 そこにはその家門の様々な秘密を隠すため、むやみやたらと開けられては困る。しかしその小部屋を開ける鍵は当主の指輪、もしくはその爵位の直系の者の血なのだ。

 そのため放蕩を繰り返した子供、他の家門に養子、もしくは嫁に行く子供をその血統から抹消することはよくある。

 子供が親との縁を切り離すことは珍しいが、反対ならよくあるのである。


「セ、セシリア……!? き、貴様!! 何をしておるか!! 儂との親子関係が解消されただと!? いや、儂の権利、儂の財産がなくなっただと!! そんなこと許されることではない!! 早く……、早く取り消すのだ!!」

「もう遅いですわ」

「な、何を……!! こんなことが許されると思っておるのか!? 儂は伯爵、キャスタール伯爵だぞ!! 俺にこんな真似をするだなんて、お前を殺してやる!! お前を……」


 再びセドリックは猿ぐつわをかませられた。それでも何かを一生懸命わめいている。

 セシリアは一瞬、ニタリと笑う。


「管理官様。お聞きになられましたか?」

「はい。貴族の命を狙う。立派な犯罪ですな」


 セシリアはせいぜい侮辱罪にしか問えないと思ったのに、管理官は脅迫罪を持ち出してきた。管理官の態度に不審を覚えながらも、セシリアはそれに乗ることにする。


「これでは恐ろしくて眠れないですわ」

「分かりました。どのような背景や計画があるのか、しっかりお調べいたしましょう」

「まあ。ありがとうございます……」


 セシリアはめまぐるしく計算した。

 セドリックが「殺す」と言ったのは、単に口走っただけだ。そこに背景も計画もあるはずがない。とすると、拘留できて三日から十日。

 セドリックへの復讐はこれでお終いのわけがない。セドリックが牢屋に入っている間に、セドリックを完全に破滅させる決定的な証拠を見つけなくてはならない。


(大忙しになりそうだわ)


 セシリアはもう父と呼ぶのも厭わしい男ににっこりと笑いかけた。


「しっかり自分のしたことを反省して下さいませね」


 セドリックは、しゃべれない口の代わりに手足をばたつかせて激怒していることを周りに伝えた。


(バカなお父様。エドナのために欲を出さなければ、すくなくともあと二十年はキャスタール伯爵として偉ぶっていられたのに)


 衛兵に引きずられていく父の姿を見ながら、セシリアは冷ややかな目を向けた。



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