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寝取られ令嬢と父



 二人は黙っててくてくと歩き、王宮――正確にいうと、王宮の前宮にある役所にやってきた。

 用事があるのはその中の一部署、貴族名簿管理局である。

 セシリアは受付で自分の名前を告げた。


「……セシリア・キャスタール伯爵令嬢……ですね」


 一瞬、案内係の若者が表情を強ばらせるのをセシリアは見逃さない。


(こんなところにまで噂は広まっているのね……)


 ルーカスとエドナが自分たちに利があるようにねつ造した噂は、どこまで広がっているのだろうか?


(でも、今日、それを一気に覆してあげるわ!)


 セシリアは心に誓った。

 そして極上の笑みを案内係に向ける。


「はい。案内をよろしくお願いいたします」

「え? ああ。はい。分かりました。えっと……。あ、僕の……じゃなくて、私の後に付いてきてください」

「ええ。分かりましたわ」


 おもしろいように案内係の若者は動揺している。

 セシリアは礼儀正しくしただけのつもりだったが、少し後ろから見ていたジョルジュは「やれやれ」と心の中でため息をついた。彼はセシリアが自分の魅力に気づいていないことを知っているからだ。


「あ、お付きの方は、ロビーでお待ちください」

「かしこまりました」


 ジョルジュは黙って頭を下げる。

 案内係とはいえ、役所で働く者のほとんどは貴族出身だからだ。平民のジョルジュは誰に対しても一歩引いて接した方がいい。


 セシリアは案内係の若者の後ろについて、二階の奥の部屋の前に着いた。


「こちらの部屋でお待ちください。すぐに管理官がいらっしゃるはずです」

「ありがとうございます」


 案内係の若者がドアを開ける。

 そのとたんに、先に客間に通されていた男が怒鳴った。


「セシリア!!」


 カツカツと勢いよい足音が近付いたかと思うと、途端に、頬に痛みと熱が走った。


「こんなところにいたのか!! いったい、どれだけお前を探していたと思うんだ!!」


 その男が、セシリアのペールブルーのドレスの襟元を掴んで、身体ごと乱暴に揺さぶる。


「お、お父……様」


 セシリアを殴り、揺さぶったのは、何をかくそう、セシリアの実の父・セドリック・キャスタールであった。


 案内係の若者も貴族に名を連ねる者である。

 目の前で女性に暴力が振るわれるなど許せるはずもないのだが、反応ができない。役所という公の場で、暴力が振るわれるはずがないとの先入観があったからだ。


 セシリアを床に投げつけたセドリックは、フンと鼻をならした。


「今まで、どこにおったのだ!?」

「……」


 セシリアが答えられずにいる。ジョルジュが助けてくれたことを言えば、迷惑をかけることになるからだ。

 セドリックはは案内係の若者に目を向けた。


「こやつのところにおったのか?」


 言われた案内係の方が慌てた。


「は?」

「娘と寝たのかと聞いておる」


 案内係の若者は、聞かれた意味をすぐに理解できない。けれど、ともかく否定しておかないとひどいことになりそうだと、とりあえずセドリックをなだめすかすように、否定の言葉を述べた。


「ち、違います。わ、私は役所の案……」


 ところがその頃には、セドリックの目は再びセシリアにむいている。


「お前は傭兵だけでなく、こんな風采の上がらない若造とも寝たのか?」


 案内係の若者は、目を丸くする。


(……話が通じない。これは本当にこちらのキャスタール伯爵令嬢の実のお父上なのか? それにあの噂……。もしかしてあれは、この気の違ったこの男が広めたものなんじゃ……?)


 案内係の若者が、呆然として床に倒れているセシリアに目を落とした。彼女は羞恥に頬を染めながらも、セドリックをキッとにらみつけた。


「誤解ですわ!! この方は役所の案内係です。立派な役人です!! それに私はそんな恥ずべきことをしておりませんわ!!」


 ところがセドリックは腕を組みながら、ひどく侮蔑的な視線をセシリアに投げかけた。


「何が誤解なものか。お前は、あのあばずれの血を引いているのだろう?」


 セシリアは、カッとなり声を荒げた。


「……お母様を侮辱するのはおやめ下さい」

「なにが侮辱だ。あれはとんだあばずれだぞ!! 子供が欲しいと何度も私を求めたのだからな」

「!!」


 あまりの言いように、セシリアの心はスッと氷点下まで下がった。

 確かに両親は政略結婚で、その間には一片の愛もなかったと聞いていた。セシリアの母・セレスティは魔術操作は一流だったが魔力量が乏しく、反対に魔力量が多すぎて魔法の操作が難しかったセドリックを夫に迎えたのだ。次なる世代に豊富な魔力と、緻密な魔術操作の能力を託すために。

 そんな政略結婚なのだから、子供を作るのは必須のことなのだ。それをまるでセレスティーが淫乱だとでもいわんばかりの言いように、セシリアは腹がたって煮えくり返るような思いだ。

 一方、思い通りにセシリアを怒らせて気分が良くなったセドリックは、ニヤニヤとした笑いを浮かべた。


「そういえば私の貴重な胤をあの女に与えたか記憶がない。あの女はわしが酔い潰れたときに勝手に胤を奪ったと言っておっとが、よそで胤を仕込んできたと考える方が自然か。お前に私の強力な血が入ってはいないのかもしれないな。そういえば、確かに私の娘であるエドナとは、似ても似つかぬ醜い娘だ」

「……それじゃまるで私がお父様の娘じゃないみたいじゃないですか!?」

「あ? 俺の話を聞いていたのか? だからお前は俺の娘じゃないって言ってるんだよ!!」


 キャスタール伯爵のニヤニヤは止まらない。


「最後の温情だ。黙って修道院へ行け」

「修道院? どうして私が修道院になんかいかなければならないのですか? 修道院はエドナが行けばいいでしょ? 淫売なのはエドナなんだから!!」

「何を!?」

「私、見たのよ!! エドナとルーカス様が裸で抱き合っているのを!! ルーカスは私の婚約者なのよ!! 未婚の妹が姉の婚約者を寝取るだなんて、これが淫売と言わずになんと言うの!?」

「こ、この……!!」


 キャスタール伯爵は、どす黒い顔をしてセシリアの腕をひねり上げ、拳を振り上げた!!


「きゃあ!!」

「おやめ下さい!!」


 ドシンと音がしたかと思うと、キャスタール伯爵は吹っ飛んだ。案内係の若者がキャスタール伯爵を突き飛ばしたのだ。

 衛兵が部屋になだれ込む。

 衛兵は一瞬、キャスタール伯爵と案内係の若者のどちらを捕らえるべきか迷ったようだが、唇から血を流しているセシリアが即座に若者にお礼を言う姿を見て、キャスタール伯爵をねじ伏せた。


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