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寝取られ令嬢と百合の花

先をお読みいただいている読者様、申し訳ありません。こちらは差し込み投稿になります。




 目的は他にあったとはいえ、実のところ身体に合う服を身につけて、セシリアの心は少なからず上がっていた。

 二人とも紙袋いっぱいの服や小物を持っている。心が浮き立つ。

 そのせいだろうか。花屋の店先に並んだ花々が目に飛び込んできた。


「まあ、きれい」

「ほう……。見事なものですな……」


 花は見てるだけで心が安まる。

 そこへ商魂たくましい花屋が「いらっしゃいませ!」と声を上げる。


「お孫様とお買い物ですか?」


 ジョルジュに向かって、ニコニコと笑いかけた。


「いや、わしは……」

「ええ。そうなの!!」


 花屋に負けないような笑顔でセシリアは返事をする。そしてジョルジュにそっと耳打ちをする。


「私が悪名高きキャスタール伯爵家の姉だなんて、わざわざ伝える必要はないでしょ?」

「は? え? もしや、あの噂を知って……?」


 セシリアはジョルジュにはいたずらめいたウインクをした。

 一方ジョルジュは、混乱してばかりだ。


(セシリア様は、一歩もうちから出ていないはずなのに、何故街中の噂なんかをご存じなのやら? ……本当に、あの方にそっくりだ)


 そう言って、もう亡き主人を思い出して、小さくため息をつくのだった。


「そういえば、最近市場では珍しい花があるそうじゃな」


 ジョルジュはキョロキョロと店内を見渡す。


「おじいさん、お耳が早いですね! うちではもう一輪しか残っていないんです!!」

「ほう……。ずいぶんと人気なようで」

「そうではなく……」


 店員は困ったように声を潜めた。


「次の入荷から、その花は全て王宮に献上することになったんです」

「王宮に?」

「なんでも、王族のある方がお気に召していて、他の誰にも愛でさせたくないと……。ですから、おおっぴらに店先に出すわけにもいかず、どうしてもとおっしゃる方のために奥に隠してある次第でございます。それも、あと残り一本……」

「それはまあなんと……」


 店員は手を組み合わせた。


「ああ、でもそのお方の気持ちも分かります。花嫁のドレスのような白い花弁。くらりとするほど高貴な香り。他にないような優美な姿。あの花こそ、花の女王と言っていいくらいです。独り占めしたくもなるでしょう。あ、申し訳ございません。それで、どうなされますか?」

「そうじゃな……」


 ジョルジュはセシリアをちらりと見る。花屋の言葉に興味を引かれているようだ。


「ふむ。では、それを孫にもらおうかの」


 ジョルジュはニヤリと笑った。


「はい。かしこまりました!」


 花屋は飛ぶように奥へと消える。

 呆れたようにセシリアはジョルジュを振り返った。


「見ないで買ってもよかったの?」

「まあ、それも一興でございましょう」


 けれど店員が丁重にレースのような紙とリボンで包んだ花を見た瞬間に、セシリアはぎくりと顔を引きつらせた。


「ゆ、百合……。百合の花……」

「ええ。そうでございます! よくご存じですね!!」


 店員がにこにこしながら差し出すそれを、セシリアは受け取れずにいる。

 セシリアは、いや前世――百合は、百合の花にトラウマがあった。

 元親友であり、元夫の浮気相手の仕業なのだろうが、たびたび玄関先に箱が放置されていた。その箱の中には、踏みしだかれて半ば腐った百合の花と半殺しになった動物が閉じ込められていたのだ。箱からは弱った動物の声がするために開封しないわけにはいかず、結果、いつも腐った百合の花と動物の血が混じった臭いを嗅がされていたため、百合の花の香りで吐き気をもよおすようになってしまった。

 どうやら転生してもそのトラウマは残っているようだ。


「どうぞ!」


 花屋が百合の花を差し出す。

 セシリアは思わず、後ずさってしまった。


「あ!」


 セシリアは何か固い物にぶつかった。


「うっ」


 振り返ると、そこには焦った顔をした青年がいた。見たこともないような美青年だ。ルーカスが華やかな美青年だとしたら、こちらは影のある美青年だ。


「も、申し訳ありません」

「いや、私こそ……」


 それにしてもこの青年。どこかで見たような気がするが思い出せないと、セシリアはまじまじと青年の顔を見つめた。が、青年はその視線が居心地悪かったのか、少し赤くなった。

 そして視線をそらした青年が花屋が抱えていた百合の花に目をとめた。

「すまない。その花と同じ花が欲しいのだが」


 花屋が慌てたように頭を下げた。


「あ、申し訳ありません。こちらが最後の一本でして……」

「……そうか」


 残念そうにうつむく青年にセシリアが声をかけた。


「あの……」

「何か?」

「お譲りしましょうか?」

「え?」

「あ。その……祖父さえよければですが……」


 ジョルジュには申し訳ないが、これ以上百合の花の香りを嗅いでいたら具合が悪くなりそうだ。百合の花を青年が受け取ってくれるなら、それにこしたことはない。

 ジョルジュも「もちろんです」と返事をした。どうやらセシリア百合の花が苦手なようだと気づいたらしい。


「そうか……。感謝する」


 青年は礼儀正しくセシリアに一礼をした。


「いいえ。じゃ、行きましょ」

「あ、あの……」

「え?」

「その。お礼にどこかで……」

「お礼なんていりませんわ」


 もともと百合の花にトラウマがあるのですもの……。そう言いかけて止めた。誰にも分かってもらえない話だろうから。

 今度こそセシリアは花屋を立ち去った。



 チラリと振り返ったジョルジュは、さっきの青年がずっとセシリアを見ているのを見て複雑な気持ちになった。


(初対面の青年でさえ、セシリア様の美しさに見とれるほどだというのに、坊ちゃまときたら……)


 いかんいかんと首を振る。

 自分はブラックシード公爵であるルーカス様ではなく、セシリア様の味方になると決めたのだ。ルーカス様のことで思い悩むのはやめにしないと。ジョルジュは、そう心に深く刻んだのだった。

 それにしても……。


「セシリア様、本当によろしかったのですかな?」

「何が?」

「さっきの青年ですじゃ」

「さっきの?」

「はい。あんな立派な青年はなかなかいる者ではございません。そんな青年がセシリア様をお誘いになったのだから、ご一緒してもよろしかったのに……」


 セシリアはフンと鼻をならした。

 セシリアはルーカスに裏切られ、前世の記憶を思い出し男性不信におちいっている。確かに美青年だったが、セシリアの心にはちっとも響かないのだ。


「バカな事を言わないで。さ、行くわよ」


 さっさと先を歩くセシリアだが、ふと立ち止まって花屋を振り返った。

(でも、さっきの男性……どこかで見たことがあったような……)


「セシリア様?」

「何でもないわ。さ、行きましょ」




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