寝取られ令嬢の新たな復讐①
遅くなりまして、申し訳ありません。:゜(;´∩`;)゜:。
『秘密の小部屋に気をつけろ』
秘密の小部屋とは、王が貴族を叙任するときに授けられる亜空間だ。爵位の継承と共に、貴族はそれを継承していく。その家門の直系の血を継ぐ者か、当主の指輪を持った者しか部屋に入ることができないため、多くの家門がその生臭い歴史の証拠を隠蔽している。もちろん、キャスタール伯爵家の黒い歴史も……。
秘密の小部屋は、元父の不正の証拠を見つけてから入ってはいない。子供の頃にエドナとメイドたちのいたずらで三日間倉庫に閉じ込められたからか、それとも百合の時に古い台所の片隅で義母に折檻されたからか、ともかくセシリアは狭い場所が苦手だからだ。
それに、直系の血筋の者と当主の指輪を持った者以外は入ることができないとされているが、それは本当なのだろうか? セシリア、いや百合の記憶が警鐘を鳴らしている。
百合はパソコンに詳しくなかったが、セキュリティーがしっかりしているというサイトから情報を抜き取られるという事件は、定期的にテレビを賑わせていた。バックドアなどから抜き取る方法もあるらしいと、常識範囲で知っている。
結局、秘密にしようと思っても、その秘密は王家に握られてしまうのかもしれない。そう考えると、なおさら秘密の小部屋を使う気にはなれなかった。
「あ……。待って」
ふと、気が付いた。
あの時、百合の花を譲ったあの時。セシリアの服装はジョルジュが用意した平民の服装で、花屋だってジョルジュの孫だと思い込んでいた。それなのにこの手紙は、セシリアが、あの時、百合の花を譲った娘が貴族の直系の血筋を持つ者か、当主の指輪を持つ者だと知っている。
いや、この手紙の主は、セシリアがキャスタール伯爵家の者だと知っているのだろう。
「……この手紙を預かったのはいつですか?」
花屋は、少しも悩むこと無く言った。
「あの後、すぐです」
直後ということは、セシリアがまだ小伯爵になる前かもしれない。そうなると、相手は確実にセシリアのことを知っていたということだ。
セシリアは、もう一度、手紙に目を落とした。
(この手紙の主は、私がキャスタール家の人間であることを知っていたのね……。それも、婚約破棄をされて、家から逃げざるを得なくなったときも、私の居場所を把握していたに違いないわ。じゃなきゃ、あんなに偶然に花屋で出会うはずがないもの……)
セシリアは、あの青年の顔を思い出そうとしてみた。
確かに美形だ。ルーカスの甘い顔立ちとも、ジオルグのかわいらしい顔立ちとも違う、精悍な顔立ちの。
(待って!! 私、あの方を以前どこかで見たことがあるわ……)
けれど、どこで見たのか分からない。
「そのお手紙は?」
なんとなく、この手紙の内容を、他の人に知られてはいけない気がしたセシリアは、手紙をバッグにしまいがてら、ジョルジュの問いかけに、曖昧に微笑んで首を振った。
「なんでもないわ。ただのお礼状よ」
「はあ……」
納得はしていないようだが、有能な執事はそれを呑み込んでくれた。
「ところで、ジョルジュ。市場で用事があるって言っていなかった?」
「ええ。でも、厨房に頼まれた買い物ですので、今でなくても……」
「あら、ダメよ!! 今夜のメニューに差し障りが出るかも知れないわ!! 私の事なら気にしないで」
「ですが、セシリア様の安全が……」
「大丈夫よ。マチルダがいるもの」
セシリアは、マチルダの腕に抱きついた。
マチルダも、まんざらではなさそうな顔だ。
「そうだわ!! あそこのカフェでマチルダと一緒に待っているわ」
セシリアが指さしたカフェは、しっかりと武装した門衛がいる。のぞき見える店内の客は、みな貴族か裕福な者ばかりのようだ。中には、うら若き女性たちだけのグループもおり、セキュリティーに問題がなさそうなのを見ると、ジョルジュも唸りながらもうなずいた。
「では、マチルダ様。セシリア様の護衛をお任せいたしましたぞ」
ジョルジュは、しっかりとマチルダに念を押して、雑踏の中に消えていった。
カフェに入る直前、セシリアはピタリと足を止めた。
「姫さん、どうしたんだい?」
「う~ん。さっきの武器屋でマチルダが見ていた防具があるでしょ?」
「ああ、あの小手のことかい?」
三人で市場を見て歩いたときに、マチルダが気になりつつも、買うのを止めた防具があった。
「私、あの小手にあった文様のことを思い出したの」
「文様? ああ、そういえば……」
模様とも、子供の落書きともいえない不思議な文様がその小手にはあった。
セシリアは、眉を寄せる。
「あれは、西方の小民族が使う文字で、彼らは道具に魔法をかけることが出来るの。それであの文字の意味は、何だったかしら……? そこは、ちょっと思い出せないわ……」
「小手にかかっている魔法なら、強化か防御力アップかじゃないのか!? ……それであの値段なら、とんでもない破格じゃないか!!」
たまに見かける魔法の込められた道具は、おそろしく高価だ。それが市場にしては多少高価程度で買えるのならば、確かに破格といって間違いはない。
「そういえば、もう一組いた客がその小手に注視していたような気がするけれど……」
「大変だ! もしかしたら、もう売れちまっているかもしれない!! 悪い、姫さん。行ってきていいか!?」
「ええ、もちろんよ。さっきも言ったように、このカフェは門番がいて、セキュリティーがしっかりしているもの。私一人でも問題ないわ。さあ、行ってきて!!」
「おう!! あ、姫さん。ちゃんと、店の中で待っているんだぞ!! すぐに戻ってくるからな!!」
「ええ、分かっているわ」
「んじゃ、行ってくる!!」
ピュウッと音が鳴るようにして、マチルダもいなくなった。
それをニコニコと見送りながら手を振っていたセシリアは、マチルダの姿が見えなくなると、ふうっとため息をついて一人で店に入った。
カフェは天井が高く、隣のテーブルの声が聞こえないように、テーブルとテーブルの間も広く空いている。
弦楽四重奏が流れ、ケーキと紅茶のいい香りが漂う。
「ようこそいらっしゃいました」
キャスタール伯爵家と変わらないほどよく躾けられたメイドが、頭を下げる。
「お一人様でいらっしゃいますか?」
「ええ」
「では、お席にご案内いたします」
「お願いするわ」
メイドはテーブルのたくさんある一階の席ではなく、二階への階段を上っていく。一階にもたくさん空いているテーブルがあるというのに。
「こちらのお部屋でございます」
「……一人なのに個室?」
「はい」
「私なら、一階のテーブル席でもいいのよ」
「いえ、こちらの方が調度品も豪華ですし……」
「そう……」
セシリアは思うところがあったが、大人しく部屋に入った。
「こんにちは。キャスタール小伯爵」
「……やっぱり、あなたでしたね」
そこには手紙の送り主である青年が、部屋にただ一つのテーブルにつき、ニヤリと笑みを浮かべていた。




