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寝取られ令嬢への警告



 エドナの訃報を知ってから、セシリアは全てのことにやる気をなくしていた。

 あれほど責任を感じていた内務のことも、領地経営についても、やるべき事はやるが、以前ほど熱意を持てなくなってしまっていたのだ。

 つまり、燃え尽きていたのである。


 そんなセシリアの心の隙間を埋めてくれたのが、ジオルグだ。

 地方から帰ってきたジオルグは、よくセシリア散歩、観劇に連れ出したりしてくれた。また、社交シーズンであるため、王都の各屋敷で行われるパーティーにはパートナーとして参加してくれた。これは、セシリアの社交界の地位を引き上げるのに、大いに役立ってくれた。


 けれど、そのたびに困ってしまうのが、会うたびに、熱心にセシリアを口説くことだ。


 いくら大人っぽいとはいえ、まだ十四歳の少年の浮ついた言葉に本気になるほど、セシリアは純情ではない。それに、ジオルグは王太子に一番近いとされている王子だ。もっと、家格が釣り合い、コンヤクハキなどの瑕疵のない令嬢と結ばれた方がよいに決まっている。


 けれど、婚約者や夫を二度も寝取られたセシリア・百合にとっては、愛を囁く言葉や、熱っぽい視線を向けられると、女としての何かが癒やされていくのも事実なのである。



 そして夏も終わり、社交シーズンが終わった。






「ねえ、姫さん。遊ぼうよ」


 ふいに、屋敷で内務をしていたセシリアの肩に、猫がじゃれつくように腕が回される。女性の腕であるはずなのに、しっかりと筋肉がついている。それよりも、特筆すべきなのは、傷痕の多さだ。魔物のかみ傷、それに剣の切り傷など。まだ年若い女性にしては、歴戦の強者のような傷……。

 彼女は、ブラックシード公爵領で魔物と戦っていた――今ではキャスタール伯爵領を拠点とする傭兵団の団長である。


「マチルダ。私は、仕事があるの」


 セシリアは、おっとりと自分の体から女剣士の腕を外した。


「え~。でも、昨日も一昨日も、その前の日も、その前の前の日も、全然お休みしなかったじゃねえか~。ねえ、遊ぼうよ~」


 これまでのセシリアの人生で、こんな風にストレートに甘えてくる人間はいなかった。そのため、毅然とした態度がとれない。

 暇をしているのなら、傭兵団のいるキャスタール伯爵領に行けばいいのにとも思うのだが、契約が結ばれた後も、なんやかんやと理由をつけてキャスタール伯爵家にとどまっているのである。

 どうやら、セシリアの身の安全を心配しているようだ。勝手にセシリアの護衛職であることを公言している。


「ねえ、ねえ~。遊ぶのがダメなら、市場にでも行こうよ~」

「それはよろしいですな!! セシリア様も、秋の産物の市場調査が必要だと言っておったではありませんか」


 タイプも性別も年齢さえも似たところのない二人なのに、なぜかマチルダと気が合うジョルジュが口を挟んだ。そういえば、このところ頻繁に、ジョルジュもセシリアに気分転換を勧めていたのだった。


「……そんなに私、疲れているように見える?」

「え!? いや、別に……そこまでは……」

「セシリア様は、いつだってお美しく……」


 焦った二人の物言いに、不安を感じたセシリアはチラリと鏡に目をやった。すると、青白い顔をして頬のこけた女がこちらを見返している。


(ひどい顔だわ……。二人が心配するのも無理はないわね)


 社交界シーズンが終わっていてよかった。そう思わざる得ないような顔であった。


「……分かったわ」


 その後、三人で向かった市場で、セシリアはキャスタール伯爵領の産物が、参入するチャンスはあると見込んだ。

 目的を果たしたセシリアは、マチルダの武器を見たり、ジョルジュが買い換えを主張するカトラリーを見て回る。

 そのうちに、見たことがあるエリアにやってきていた。花屋のある区画だ。

 セシリアは、復讐を始める直前に立ち寄った花屋の前にいた。

 あの時は、ルーカスに怪我をおわされ、婚約破棄をされ、おまけに実家からも追われてボロボロだったのに、今はキャスタール小伯爵である。なんて、遠いところにきたのだおろう……しみじみと思っていた。


「いらっしゃいませ! どんな花をご希望でしょうか?」


 元気の良い声に、ついセシリアはつい答えてしまう。


「ええと……。じゃあ、屋敷に飾る花を少し……」

「花の種類や色のお好みはありますか?」

「そうね……。白。白い花がいいわ……」


 いつかジオルグにもらった花束のような……と言おうとして、ふと思い出した。


「そういえば、こちらでは百合の花を扱っていたのよね?」


 ふと、独り言が漏れてしまう。


「百合の花……。ああ、申し訳ございません。あの花の取り扱いは、もうしてなくて……」

「ああ!! 欲しいって意味じゃないんです」


 慌ててセシリアは否定した。

 百合の花は、セシリアにとっても前世の百合にとっても、トラウマである。

 前世では、多分、元親友であり、元夫の浮気相手の仕業なのだろうが、たびたび玄関先に箱が放置されていたからだ。その箱の中には、踏みしだかれて半ば腐った百合の花と半殺しになった動物が閉じ込められていたのだ。箱からは弱った動物の声がするために開封しないわけにはいかず、結果、いつも腐った百合の花と動物の血が混じった臭いを嗅がされていたため、百合の花の香りで吐き気をもよおすようになってしまった。なのに、ふと口について出たのは、百合の花を独占して市場に流れないようにした王族がいるということを思い出したからだ。

 王族というえば、セシリアの頭の中の貴族図鑑でも何人もの名前が浮かび上がる。

 もちろん、ジオルグと王妃がその代表格だ。

 ふと、その王族とは誰なのかが気になった。


「百合の花は、王族の誰かが独占したと聞きました。王族の誰が独占したのか、知っていますか?」


 花屋は、急いで手を横に振った。


「いいえ、いいえ! とんでもない。王族どころか、貴族の方でも、我々庶民にとっては雲の上の方です。命令には粛々と従うだけですので、その命令が誰からかなんて、問おうなどとは思いはしませんよ!!」

「そうか……。そうですよね……」


 と、花屋は自分が話している相手もまた貴族であることに気が付いたようだ。しきりに、「申し訳ありません」と頭を下げている。


「いいえ。お気になさらないでください」


 セシリアといえば、平民だからと横柄な態度をとるものでもない。そんな貴族令嬢が珍しかったのか、花屋はまじまじとセシリアの顔をみつめ、次いでその後ろにいたジョルジュに目を移した。


「あ……。もしかして、あなた様方は、百合の花の最後の一本を別のお客様に譲った……?」

「え? ええ。そうですけれど」


 セシリアとしては、別に欲しくも無かった百合の花だ。買う気もなかったのだから、譲ったのでもなかったが、花屋から見ればそう見えたのだろう。


「少しお待ちください!!」


 花屋は、いったん店奥に戻った。そして、出てきたときには金に縁取りされた豪華な封筒を持ち、セシリアに恭しく差し出した。


「これは?」

「あの時、百合の花を譲り受けた男性が、お客様がいらしたら渡して欲しいと頼まれたものです」

「そうですか……」


 少し迷って、セシリアはその場で開封する。

 文字が目に飛び込んで来た瞬間、セシリアはギクリと体を氷らせた。


『秘密の小部屋に気をつけろ』


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