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寝取られ令嬢の空虚②





 それから数ヶ月後。肌寒さを感じるようになった頃。

 セシリアのもとに、ブラックシード公爵領に行った使用人から報告書が届いた。

 サラッと目を通したセシリアは、それを暖炉の火にくべた。


「なんと書いてあったのでございますか?」

「エドナは死んだそうよ」

「え!?」


 ジョルジュは、顔色を変える。


「い、いったい、誰が……?」

「エイドリアン……。エドナの実の母親よ」

「じ、実の母親が!?」


 いやいやいやと、ジョルジュは額を押さえた。


「確か、エイドリアンは記憶を失い、修道院にいるはずではなかったですか? それがどうして?」


 セシリアは、じっと暖炉の火を見つめた。


「リシャール」

「え?」

「エイドリアンが通っていた秘密クラブの男の名前よ」

「あ、ああ……。確か、そんな者もおりましたが……」

「彼がエイドリアンを薬漬けにしたそうなの」

「薬漬け!?」

「ええ。かつて花祭りの時、エドナとルーカスがお楽しみで使った媚薬だそうよ」

「媚薬……」


 ジョルジュは、セシリアの言葉をオウム返しするだけだ。あまりの展開について行けない。自分の頭の回転が悪くなったとしか思えない。

 それでも、やっと理解した話は、このようなものだった。


 リシャールは、言葉巧みにエドナに薬を勧めた。

 気持ちが弱っていたエドナは、気持ちが明るくなるその薬を、すぐに常用するようになった。

 けれどその薬の主たる作用は、性的な気持ちを盛り上げる方なのだ。

 ルーカスは魔物退治や、その後の領兵の労いのために、何日も帰ってこない。自然と、エドナの相手をリシャールがするようになった。

 そして、その場面をルーカスに見られた。いや、リシャールが見せるように仕組んだのだろう。

 エドナとルーカスの関係は、終わりになった。

 ブラックシード公爵領を追い出されたエドナは、その美貌を武器に裕福な商家の息子に取り入ろうとしたらしい。けれど、それもかなわなかった。親の方が、悪い噂のある女を嫁に迎えたら商売が傾くと、受け入れなかったのだ。

 さらに生活に困ったエドナは、娼婦にまでなろうとした。けれど、それもかなわなかった。

 生活が困窮しても、薬は止められなかったからだ。けれど、花祭りで買ったような副作用が少ない薬は高くて買えない。手に入るのは、安くて副作用があるものばかりだ。

 かつての美貌は、すっかり衰え、骨と皮ばかりになってしまった。

 そんな女を、娼婦としてやとう店がなかったのだ。

 最後に、教会を頼ったエドナは、母のいる修道院を紹介された。

 母の世話をするならば、寄付金もなしにエドナの面倒も修道院で見てくれるのだという。

 エドナは、仕方なしに修道院に入ることにした。


 エイドリアンは、確かに記憶を失っていた。エドナに会っても、自分の娘だということも分からない。

 けれど全ての記憶を失っても、気質は変わらない。むしろ、教会や男たちに世話をされるために、後天的に身につけた気品や柔和さはなくなり、貧民街で生を受けたときのように、物と食べ物に執着をした。

 エイドリアンは、修道女の持ち物を盗み、食事を奪い、抵抗すると暴力を振るった。

 そんなエイドリアンの世話に、修道女たちは、ほとほと疲れ果てていたのである。そんな修道院に、実の娘が助けを求めてやってきたのだ。これ幸いとばかりに、世話をおしつけたのは当然であった。


 かつての貴婦人然とした母の変わり果てた姿に、エドナもショックを覚えたが、やがて同じ気質の女同士で争うようになった。

 争いは激しく、修道女ではどうにも押さえられなくなった。いっそのこと、二人を修道院から追い出そうかという案も出たそうだ。

 けれど、教会の司祭がそれを許さなかった。

 司祭は、セシリアと約束したからだ。そうでなければ、貴族の嫡子であるセシリアを、エイドリアンに騙される形でも共謀して、修道院に入れようとしたことを公にされてしまう。


 狂犬が狭い檻に二匹いるのと同じである。

 いつ間違いが起こっても仕方がなかった。

 そして、そのときがきた。

 殺されてしまうのは、エドナではなく、エイドリアンの方かもしれなかった。



 セシリアは深いため息をついた。


「リシャール。あなたは、自分の復讐を遂げて満足かしら……?」


 そして、自分の胸に手を当てる。


(私の復讐は、これで終わったわ……)


 嬉しいことのはずなのに……。

 セシリアは自分の胸に、黒く虚ろな穴がポカリと空いているような気がしてならないのだった。




まだ、続きます。

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