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寝取られ令嬢の反撃③



 絶叫に近いエドナの声に、ルーカスは苛立ちが募った。その苛立ちを向ける相手は、もちろんエドナではない。


「どうして、こんなところでその話をするんだ!? 周りに人が居ないときに告げるというような気遣いができないのか!?」


 その発言に当然傷ついたのは、もちろんセシリアではなくエドナだ。


「ほ、本当に……? わ、私は……伯爵令嬢じゃないの?」


 エドナはその場で膝から崩れ落ちた。

 セシリアはさらに追い打ちをかける。


「あなたのお母様……エイドリアン。彼女は平民だったわね」


 エイドリアンは自分の事を地方貴族の娘だと言っていたが、セシリアはブラックシード公爵夫人のテレサに本当の事を聞いていた。

 エドナは、知っていたのか知らなかったのか、ゆっくりと虚ろな目をセシリアに向けた。


「貴族法ではね……。貴族と平民の結婚は認められていないの。つまり、一応貴族であるあの男と平民のあなたの母親は、正式には結婚していないことになるのよ。結婚していなければ、その子供は貴族ではない。だから、あなたとあの男の血がいくらつながっていても、あなたは貴族ですらないのよ」


 その瞬間、エドナに向けられていた視線は好奇から嫌悪にはっきりと変わった。平民が貴族を僭称することは、重罪なのだ。

 テレサがエイドリアンとエドナをその罪で告発するというのを、セシリアは必死で止めたものだ。あの頃は、セシリアもエイドリアンとエドナを家族だと思っていたからだ。

 エドナは、何を言われているのか分からない顔でポカンとした。


「う……嘘を言わないで!!」

「嘘じゃないわ。ここにはちょうど、貴族がたくさんいるもの。聞いてみればいいわ。本当かどうか」


 当然とばかりに、周りにいた貴族たちがうなずく。ルーカスも顔を背けたままだ。エドナは目の前がぐらぐらと揺れた、


「……う、嘘を……」

「嘘じゃないわ」

「わ、私が……平民? 嘘、嘘、嘘、嘘……」

「それだけじゃないの、エドナ。平民のあなたは貴族と結婚でききないの。そこのルーカスとどんなに愛し合っていてもね」

「う、嘘よ……だって……ルーカス様は私と結婚を……。だって、私を愛しているって……」

「ああ、愛してる!!」


 ルーカスは初めてきっぱりとした声を出した。


「だからこそ、セシリアを正妻に迎えて内務をやらせ、君を……」

「私を……?」

「その……」


 この一ヶ月、ルーカスはそれを言い出せずにいた。それをこんな公衆の面前で言えるはずもない。


「この件は、また後にしよう。今日は帰るんだ」

「帰る? どこへ? 私の家はここよ!!」

「……とりあえず、我が家に来ればいい」

「でも……」


 エドナの腕を引っ張って立ち去ろうとしていたルーカスに、セシリアが呼び止める。


「お待ちになって」

「なんだ?」

「いったい『正妻』とは、何のことですの? 私を勝手に巻き込まないで下さいませ」

「あ……? 話を聞いていないのか?」


 ルーカスはチラリと自分の背後を見る。そこにはブラックシード公爵家の執事長セバスがいた。

 セバスは寡黙にひっそりとうつむいているだけだ。旅行へ行く前に、セシリアの説得を任せたはずなのに。

 チッと舌打ちしたルーカスは、力の抜けたエドナを先に馬車に向かわせて、自分だけこの場に残り、セシリアに対峙した。


「お前を、私の正妻にしてやる。婚約破棄を取り消す」

「ル、ルーカス様!? な、なんでお姉様に……!?」


 エドナの声は悲鳴に近い。

 そんなエドナの肩に、ルーカスは優しく手を置いた。


「貴族というのは、愛しているからというだけで結婚はできないんだ」

「ど、どうしてです!?」

「私にはブラックシード公爵としての責務がある」

「責務……?」

「ああ。貴族同士の付き合い、商人との取引、それに領地の民の訴え、それらのことを放り出すわけにはいかない。それをやる人間が必要なんだ。分かってくれ」


 セシリア以外の貴族は、当たり前のことだとうなずく。

 しかし、セシリアは頷けない。


「……それを私にやらせようというのですか?」

「もともと、お前の仕事なんだろう?」

「それは、あなたと婚約していたからですわ」

「だから、婚約破棄は破棄だ。お前を本妻にしてやると言っている」


 セシリアは再び扇子で口元を隠した。今度は、あからさまに侮蔑の表情を隠すために。


「私が喜んでまた、あなたと婚約するとでも? まっぴらごめんですわ」

「わがままを言うな!! お前が放り出した内務はどうする?」

「あなたがなさればよいではありませんか」

「私の仕事は別にある」

「王宮騎士団の仕事ですか?」

「そうだ」

「内務の仕事はあなたの仕事じゃないというのですか?」

「内務? 書類を読んで、判を押すだけではないか! あんな単純な仕事は私の仕事ではない。誰がやっても同じなら、お前がやってもいいだろう」

「……大切な仕事です」


 セシリアは爪が食い込むほど手を握りしめた。


(この人はやっぱり何もわかっていないのだわ)


 セシリアが……、いや前ブラックシード公爵も公爵夫人も、そして代々の公爵家の人間がどれほど内務――領地やブラックシード公爵家内部の問題を処理することに力を注いできたか。それがあってこそ公爵という地位でいられるということに。

 怒りよりも虚しさがセシリアを突き上げ、力が抜けた。


「第一、お前のような薄汚れた女を妻に迎えてやる者なぞ、私の他にはいないぞ」

「薄汚れた? 何を言いがかりを……」

「忘れてはいまい? 我が領の傭兵団長と関係があったのだろう?」

「関係? どんな関係だというのです?」

「ふっ。それをお前が言うのか? もちろん、爛れた関係だ。男女のな」


 と、セシリアの肩に気の強そうな赤毛の女性がもたれかかった。


「あたしと姫さんの関係が何だって?」


 ルーカスの眉が寄る。


「何者だ?」

「マチルダ。あんたが言っていた傭兵団の団長だよ」

「団長? 女が?」

「ああ、そうさ。あたしが傭兵団長だってえと、なめてかかる奴もいるんでね、そんときゃ拳をお見舞いしてやることにしてんだけど……」


 セシリアはそっとマチルダの手に自分の手を置いた。


「姫さんが、拳が汚れるから止めろっていうからね。だから、こいつを見せてやることにしてんのさ」


 肩までの手袋を脱いだその腕には、幾多もの傷痕があった。剣で切られた痕、獣の歯形、火傷の痕……。実に多様だ。けれどその傷痕の下には剣を持つ者の筋肉、それに手のひらの剣ダコ。

 自らも剣士であるルーカスは、相手が歴戦の強者であることを、その瞬間認めて、グッと唸った。


「まあ、あたしとしちゃ、姫さんとどうこうなるのは大歓迎なんだけどさ!」


 そう言って、ぎゅっとセシリアに抱きついた。そのまま、冷たい視線をルーカスに返す。


「でも、あんたの言うとおり、『男女(・・)の爛れた関係』ってのには、残念ながらなれそうにはないね」

「……」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] この領主モドキは、〈優秀なランド・スチュワートを雇う〉て発想も無いのかと。 コレは、彼の親たちの責任でも有るのでしょうけど。 〈跡目の婚約者に領地の政務を事実上丸投げ〉てのが、なろうで…
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