寝取られ令嬢の反撃②
「今さらの話よ。なぜ今頃そんな話をするの? 王都にいる人なら、みんな知っている話なのに」
「そ、それは……」
「王都にいなかったの? 一ヶ月も? 領地へ行ったという報告もないし、どこへ行ったの? 一人で行ったの? それとも誰かと?」
矢継ぎ早のセシリアの質問に、エドナはたじたじとなる。けれど、すぐにキッとセシリアをにらみつけて怒鳴りつけた。
「うるさいわね!! そんなの関係ないでしょ!?」
「関係なくもないわ。未婚で婚約者もいないあなたが一ヶ月も家を空けていたのですもの。気になるのは当然でしょ?」
客はすでに、この二人の不道徳な関係を知っている。そして、その二人が一ヶ月も姿を見せなかったということが、どういうことか分かりきっていることなのだ。
「そ、それより、お父様とお母様について教えなさい!!」
このまま情報を与えずに、エドナを不安のるつぼに落としてやろうか、それともこれが自分が引き起こしたことだと突きつけてやろうかと考えて、セシリアは小さくため息をついた。
「……あの男が牢獄に入ったのは事実よ。でもあの女は行方不明なんかじゃないわ。修道院にいるはずよ。どこの修道院かは、教会に聞けば教えてくれるんじゃないかしら? ただし、あの女は修道院に入る前に脳に障害を負ったようだから、あなたのことを覚えているかどうかも分からないけれど」
結局、セシリアが話したのは事実のみであった。
バシッとエドナがテーブルを叩きつけた。
「どうしてそんな……」
「自業自得じゃないかしら?」
「自業自得!? お父様と、お母様が悪いことでもしたというの!?」
「ええ」
セドリックがセシリアの母を殺したのは、自分のエゴのためだ。それにエイドリアンが修道院に入ったのは、素行が問題だったためである。
「それと、私とあなたのお父様は『血縁関係の否認』が認められたわ。つまり、あなたと私は姉妹じゃないということになるの。一応、あなたにも関係があることだから伝えておくわね」
「『血縁関係の否認』ですって!? ああ、とうとう認められたのね! さっさと出て行きなさい! もちろん何一つ持ち出しは認めないわ!!」
セシリアはゆっくりと扇子を下ろした。
エドナは、セドリックがセシリアをキャスタール伯爵家から追い出そうとしていたのを、知っていたということだ。
セシリアはうっとうしそうに、「ふう」とため息をついた。
「誤解をしているようね。出て行くのはあなたよ」
「は? なんで私が?」
「キャスタール伯爵家とは何の関係もないからよ」
「何訳の分からない事を言ってるの? 誰か、この女をつまみ出しなさい!!」
エドナは使用人に叫んだ。
使用人たちは昔からキャスタール伯爵家にいる使用人たちだ。現在、キャスタール伯爵家を仕切っているのはブラックシード公爵家の使用人だからといって、他家の使用人をパーティーで働かせるわけにはいかないのだから。
エドナは当然、使用人たちがセシリアに襲いかかると思っていた。けれど誰も動かない。それどころかエドナに向けられる視線は冷たく、怒りさえ含んでいる。エドナたちがセシリアを虐待しなければ、自分たちも加担しなかった。加担しなかったなら、あんな風に脅されることはなかったのにという逆恨みの気持ちがあるからだ。
「なんで? なんでみんな動かないの……?」
今度はセシリアの方からエドナに歩み寄った。「エドナ」とその名前を呼ぶ声は優しげでさえある。
「エドナ。彼らはキャスタール伯爵家に雇われているのよ。だから、キャスタール伯爵家以外の者の言うことを聞く必要はないの」
「は? なら、なんで私の言うことを聞かないの!?」
「あなたがこの家の令嬢……ううん。それどころか貴族でもないからよ」
「馬鹿なことを言わないで!! 馬鹿らしくて、聞く気にさえならないわ。ルーカス様もそうでしょ!?」
自分の味方だと思って振り向いたのに、ルーカスは気まずそうに視線をそらしている。
「……え?」
エドナの心臓が、嫌な感じで跳ね上がる。
「……あなたは貴族法の勉強もしなかったね」
セシリアの声は、非難どころか優しそうですらある。
勉強が嫌いなエドナが嫌と言えば、セドリックはあえて教師をつけるような真似はしなかった。基本教養さえあやしいエドナが、貴族法のような知識を身につけているはずがない。
そう思うと、少し不憫な気持ちがわいたからだ。
「いい? エドナ。爵位は血によって引き継がれるのよ。伯爵家の血が流れているのは、死んだ私のお母様。つまり、お母様と結婚しただけのあなたのお父様と血がつながっているだけのあなたは、キャスタール伯爵家とは何の関係もないの」
「は?」
エドナの理解は追いつかない。けれど、周りにいる貴族たちが、当然とばかりにうなずくのを見ると、巨大な石を飲み込んだような、ズンとした気持ちになる。
「な、何を馬鹿なこと言っているのよ。お姉様ったら、いつも本当に馬鹿な事ばかり……。だから、お父様もお母様も、お姉様を愚かだって……」
いつも通り、姉を罵りたい。そうすることで、自分が姉よりも上なのだと感じたい。そうあるべきなのだ。けれど、どうしてだろう。声が震えているのは……。
エドナは、体の奥から、どうしようもない震えがおこるのを感じるのだ。
セシリアは扇子の先を、エドナの後ろでただ突っ立っているばかりのルーカスにスッと向けた。
「ブラックシード公爵」
婚約者ではないルーカスを、セシリアは名前では呼ばない。
「あなたはもちろん知っていたでしょう? エドナがキャスタール伯爵令嬢じゃないって」
セシリアはブラックシード公爵家の執事長セバスから、すでにルーカスが貴族名簿管理局でその事実を知ったということを聞いていた。さらには、ルーカスがセシリアを本妻に据えて内務をやらせ、エドナを愛妾にしようという計画も。
「……」
「ルーカス。な、なんで何も言わないの……」
「……」
「ルーカス? ねえ、ルーカス! 何か言って! ルーカス!!」




