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寝取られ令嬢の元婚約者③



 屋敷に帰ってもルーカスは深く悩んでいた。

 エドナを愛している。

 けれどエドナは平民。

 平民と結婚したければ、自分も平民になるしかない。

 けれど、自分が平民になれば、周りの者はどういう目を向けるだろうか……? ゾッとして、身が震えた。


「旦那様!!」


 慌てて部屋に飛び込んできた執事長のセバスに、思わず怒鳴りつけたくなる衝動を抑える。


「どうした?」

「大変でございます!! セシリア様との婚約破棄を聞きつけた商人たちが、一斉に取引価格の値上げを要求しております!!」

「は? どうして婚約破棄が取引価格の値上につながるんだ?」

「今まではセシリア様が商人たちに有用な情報を提供することで、取引価格を大分安くしていたようなんでございます。ですがそのセシリア様がいないとなると……」

「……その情報というのは、どういうものか知っているのか?」

「正確には……。確か、天候の予想とか、隣国の政情とか、そんなことだったかと……」


 ますますルーカスは目を丸くした。

 天候? 政情? それが取引価格と、どうつながるんだ? いや、それよりも、なぜセシリアがそんなことを知っているんだ? と。

 ルーカスの中では、セシリアは妹に比べて出来が悪く、それを妬んで嫌がらせを繰り返すばかりの悪女だった。


「実は旦那様……。商人ばかりではございません。家臣や陪臣の方々からも不安の声が上がっております。また、政敵にあやしい動きが……」

「ま、待て!!」


 思わずルーカスは声を荒げた。


「それらはみな、セシリアとの婚約破棄が関係しているのか?」

「……左様でございます」

「な、何故だ?」

「今まではセシリア様が内務の全てをなさっておられました。セシリア様はブラックシード公爵家に利益をもたらし、不利益となりそうな芽はしっかりと押さえつけておられたからでございます」

「セシリアが……?」


 セシリアは出来の悪い悪女……。そう言っていた、エドナとセドリックの言葉が頭をぐるぐる回る。


「あ……」


 そう。ここでやっと思い出したのだ。自分が剣や魔法に打ち込むようになったのは、自分が全く理解できない難問をすらすらとくセシリアと、ブラックシード公爵家の頭脳と呼ばれていた母が、のめり込むようにセシリアに内務を教え込んでいたことに嫉妬を覚えたからではないか。


「決済が必要な書類も山積みとなっております」

「それは、私が判を押せば……」

「セシリア様が下調べと選別を行う前の書類でございます」

「?」

「今まで旦那様が決済していた書類は、全てセシリア様が目を通してからお持ちしていたものでございます。セシリア様のところで書類の山は十分の一ほどになっておりました。残りの書類には、明らかに詐欺目的のものや、調査が不十分なもの、また陳情などはセシリア様がお聞きになられた方がうまくいくものなどがございましたから。旦那様にお渡ししたその十分の一の書類も、旦那様が理解しやすいように注釈が入っていたはずでございます。その注釈もセシリア様が……」

「……確か、我が家にも内務官がいたな……。その者に……」

「全て辞職いたしました」

「辞職!?」

「はい。彼らはセシリア様に心酔していましたから……」

「では、書類は……」

「旦那様がやっていただくほかないかと……」


 ワゴンに載せられて運ばれてきた書類の山見て、ルーカスは逃げ出したくなった。ルーカスは体を動かすのは得意だが、文字をずっと読むのは得意ではない。

 一番上に載っている書類も、何が書いてあるのかさっぱり分からない。


「セ……セシリアを呼べ」

「は、はい?」


 全ての事情を知っているはずのセバスも、これには素っ頓狂な声を上げた。


「何を驚いている。セシリアを呼んで、仕事をやらせろ!!」

「で、ですが、セシリア様は行方不明。それに、見つかったとしてもいったいどういう名分でセシリア様にブラックシード公爵家の仕事をさせるのですか? すでに婚約破棄はすんでいるというのに……」


 ルーカスの頭に、今日聞いた管理官の言葉が浮かび上がった。


「愛妾……正妻……」

「旦那様? 今、なんとおっしゃったのですか?」

「ああ……。簡単な事だ。セシリアと結婚すればいいのだ」

「え?」

「セシリアを正妻として内務に当たらせる。けれど本当に私の妻はエドナだ。エドナに子供ができたら、セシリアの子供として届け出をすればいいのだ」

「……」


 セシリアから、ルーカスがこう言い出すかもしれないと、あらかじめ聞いていたはずのセバスも、さすがにこの絶句した。


(クズめ……)


 内心を隠して、セバスはニッコリと笑う。


「よいアイディアでございます。しかし、セシリア様はともかく、エドナ嬢は納得されるでしょうか?」

「ああ。問題はそこだな。できるだけ彼女を傷つけたくない」


 少しの間思案顔をしていた執事は、ひらめいたとばかりに明るい声を出した。


「旅行に行かれるというのはいかがでしょうか?」

「旅行?」

「はい。気分が良い時であれば、多少(・・)聞きづらい話でも、耳を傾けやすくなるというものです」

「耳を……」

「ちょうど、南部では花祭りを執り行う時期にございます。女性には人気の祭りと聞いております」


 王都を中心として、ブラックシード公爵領は北側に位置する。南部は反対側にあるため、ルーカスもあまり訪れたことがない。

 幸い、その近くのホテルで一番よい宿を押さえることができたのだという。


「しかし、仕事が……」


 セバスがにんまりと笑った。


「僭越ながら、私がセシリア様にお話申し上げておきます」

「そうか!?」


 ルーカスは明るい声を上げた。まるでセシリアが内務を肩代わりしてくれるのが確定したかのように。セバスがただ『話す』と言っただけなのに気付きもせず。

 全ての内務仕事を放り出したルーカスは、意気揚々とエドナを旅行に誘った。もちろん、二人に付き添うメイドや護衛たちを選んだのは執事長であるセバスである。


「留守の間、セシリアを見つけて、なんとしても内務をさせるのだ。手段は問わない。任せたぞ」

「かしこまりました」

「では行ってくる」

「お気をつけて……」


 頭を下げるセバスがセシリアに心酔しているとも知らずに、ルーカスとエドナは南部に旅立った……。


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