寝取られ令嬢の元婚約者②
葬儀では嘆き悲しんだルーカスも、程なく立ち直った。彼は若くして公爵になり、その人気がますます高まったからだ。特に女性からの。
喪も明けない内から、あちらのパーティーこちらのパーティーと、いろいろなところに顔を出しては、ルーカスは青春を謳歌した。公爵家の全ての仕事をセシリアに押しつけて。というよりも、セシリアが負っていることさえ知らなかったのかもしれない。
ルーカスは一度、新たに執事長になったセバスに聞いてみたことがあるのだ。「何故、セシリアは母亡きあとも、この屋敷に通っているのか?」と。
セバスは絶句した。そして、セシリアがしている内務についてルーカスに説明をしたのだが、ルーカスはさっぱり理解できなかった。
「もういい」
ルーカスはセバスを追っ払おうとした。しかし、セバスは食い下がる。
「どうか、セシリア様にドレスを買って差し上げていただけないでしょうか!?」
「ドレス……?」
「はい。セシリア様は、公爵夫人が差し上げたドレスしか持っておらず、成長期のセシリア様には窮屈になら」
「黙れ!!」
「……」
「セシリアが、ドレスをねだったのか?」
「い、いいえ! それは私の一存で……」
「余計な真似をするな!!」
「……かしこまりました」
ルーカスはイライラと爪を噛んだ。そして噛んだ事に気づいて、余計にイライラした。
このイライラは何から来ているイライラなのか、ルーカスには自分でも説明がつかなかった。
けれど、すぐに忘れてしまった。
ルーカスのプライドはすぐに満たされたからだ。もともと派手で華やかな王室騎士団の団員はよくモテる。それがルーカスのように見た目も整っていて、爵位も持っていれば特に。
「おい、ルーカス。また、あの令嬢が来ているぞ!!」
同僚がルーカスをつついた。
ルーカスはその同僚の視線の先を見ると、美しくも可憐な令嬢が熱っぽくルーカスを見つけている。女性にはずいぶん慣れているルーカスも、思わずドキッとするような美少女だった。
その少女がセシリアの妹、キャスタール伯爵令嬢だというのを知ったのは、二人で会うようになってすぐのことだった。
「そ、そんな……あなたが……そんな目に……?」
エドナから、家でのセシリアの振る舞いを知ったルーカスは、腹の底がフツフツとするような怒りを感じた。
「……仕方がないんです。私は、姉とは半分しか血がつながっていないのですもの……」
「けれど、あなただって、キャスタール伯爵家の令嬢だ!! そんなあなたに、セシリアはそんな非道な嫌がらせ……いや、それはもう犯罪と言ってまでいいような行いをしているというのか!?」
悲しそうに微笑むエドナを見ると、ルーカスはこの少女をどうしても守ってやりたいという気持ちになるのだった。
貴族の結婚というのは家と家の結びつきだ。だったら、セシリアではなくエドナと結婚しても問題はないのではないか。そうルーカスは考えた。
幸い、キャスタール伯爵に打診すると、非常に喜んで話を進めてくれた。
想定外だったのは、エドナとの愛を深めていた時に、それをセシリアに見られてしまったことだ。多少の後ろめたさはあった。しかし、エドナに暴言を吐いたセシリアを見て、怒りがわいてきた。エドナが普段から、どれだけセシリアに暴言を吐かれていたかが分かったからだ。
無抵抗な貴族令嬢に風魔法での攻撃は強すぎたかもしれない。けれど、相手は犯罪者と同等のいじめを妹に行ってきた悪女なのだ。
セシリアを放り出した後、エドナを公式の婚約者にするために、ルーカスは惜しみない援助をした。
金を注ぎ、ブラックシード公爵家の使用人たちをキャスタール伯爵家に送り込み、エドナに贅沢をさせてやった。自信を取り戻させ、輝かしいばかりの笑顔にさせてやった。
あとは、正式に婚約をするばかり。
それが狂ったのは、貴族名簿管理局でセシリアとの婚約破棄はすぐに受理されたのに、エドナとの婚約が受理されなかった時だ。
「なぜ、エドナと婚約ができない!?」
眼鏡をかけた管理官は、怯えたように引きつった笑みを浮かべた。
「で、ですから……。何度も言っているように、キャスタール伯爵家にエドナという令嬢は記録されていないのです」
「馬鹿な! エドナはれっきとしたキャスタール伯爵家の令嬢だぞ!!」
「そう言われましても」
「事情は、キャスタール伯爵代理に聞いていただくほかありませんが……」
「『代理』?」
「はい。セドリック・キャスタール様は伯爵家の入り婿で、正当な後継者のセシリア・キャスタール嬢が成人するまで伯爵代理という立ち位置でございますから」
「ま、待て……。セシリアが……伯爵? それで伯爵が……伯爵代理? 義父上は伯爵ではない? お前は、そう言っているのか?」
「え? ええ。左様でございます。キャスタール伯爵家の血を引いているのは、セシリア様のお母様でいらっしゃいましたから」
「……」
「まさか、ご存じなかったのでございますか?」
「ああ……」
ルーカスは目の前が、ぐるぐると回った。
「た、確か……エドナはセシリアと腹違いの妹だと言っていたが……」
「腹違い? ですが、伯爵代理も貴族ですので、結婚していれば名簿に記録されるはず……。あ、もしかしたら、再婚相手は平民なのではございませんか?」
「平民?」
「貴族は平民の女性とは結婚できません。ですので、名簿に載っていないと考えられます」
「貴族と平民は結婚できない……? ならば問題はない。義父上と義母上の結婚式の話は聞かされた。教会で行う盛大なものだったそうだ」
エドナの名前がないのは、貴族名簿管理局の手落だったのだろう。そう相手を責めようとしたルーカスは、管理官の声に固まった。
「お待ちください。それでは再婚相手が貴族だったという証拠にはなりません」
「なぜだ!?」
「役所では結婚を認めていませんが、教会では結婚が出来る場合があります。とは言っても、式を挙げるだけですが」
「式を……挙げるだけ?」
「はい。貴族ではなく、平民の結婚の仕方ですね。もしくは、タチの悪い貴族が平民女性を騙して愛妾とする場合にも、教会で式を挙げる場合がございます。いずれにしても、貴族と平民は正式に結婚できず、正妻になさることはできません」
「正妻……。愛妾……」
ルーカスは呆然とつぶやいた。
「ま、待て。では、もしエドナの母親が平民だった場合、エドナの身分は……?」
「母が平民ならば、その子も平民でございます」
「だったら、エドナと私の結婚は……?」
「できません」




