寝取られ令嬢のパートナー②
セシリアに目を向けていたのは、ジオルグだけではない。
まずは王妃やジオルグから、ジオルグがこのパーティーでセシリアのエスコートをすると直接聞いた、いわゆるジオルグ派と呼ばれる上位貴族たち。
彼らは、セシリアが思っていたように、単に野次馬気分でこのパーティーに参加していた訳ではない。王妃やジオルグ、そしてかつて社交界の雄だった、前ブラックシード公爵夫人の選んだこの少女が、どれほどのものかを知るために来たのだ。そして、その御眼鏡にかなったのなら、自分の属する派閥に取り込もうともくろんでいた。
彼らの採点によれば……。
招待客の人選は、マイナス3点。
無粋な客をあしらえなかった事は、マイナス2点。
ジオルグを庇った事は、プラス1点。
ジオルグに気に入られているのは、プラス3点といったところか。
際立った人物とは言えない。さて、どうしよう……。
上品な笑みの下で、彼らはこう計算している。
次に、商人たち。
特に、セドリックと取引があった商人たちだ。彼らの中には、独自の情報網を使ってセシリアの人となりを掴んでいる者もいたが、ほとんどの商人は、今後のキャスタール伯爵家がいい取引相手になるのか、それとも、おいしいカモになるのかを見極めに来たのだ。
今のところ、彼らのセシリアに対する評価は、可も無く不可も無くだ。ただ、生ぬるい微笑みを投げかかるだけである。
最後に、セドリックの時代になってからキャスタール伯爵家と付き合いを始めた貴族たちだ。ただし、この者らは、ジオルグ派の貴族と違って、王族と直接会う機会もないし、話す機会もない。
彼らは、ただただ、驚いていた。
セドリックから無視され、罵られ、折檻されていた、あのぼろクズのような娘が、キャスタール伯爵家の嫡子であったとは。その娘が正当な後継者としてキャスタール小伯爵の名乗りをあげ、さらには王族ともつながりがあることを、どうとらえたらよいのか分からないのだ。
過去に自分たちが何か失礼な真似をしなかったかと、拭うこともできない背中の汗を、ただひたすら我慢するしかない。
しかし、セシリアをじっと見ている彼らこそ、自分が見られていることを気づかなかった。
それは、現在キャスタール伯爵家で働く使用人たち、ブラックシード公爵家の内務関係でセシリアと取引をしたことのある商人たち、ブラックシード公爵領にいた傭兵団員、それにセドリックが当主となってからは関係を打ち切られた、元々のキャスタール伯爵家の陪臣たちである。
彼らはセシリアの目として、今後、付き合いを持つべき相手かどうかの見定めをしているのである。
セシリアは、ジオルグに抱きしめられて困惑したことを隠そうとするかのように、キリッと頭を上げて客に目を向けた。
「お見苦しい真似をいたしまいた。そして、レディーのピンチを助けて下さった、私のパートナーである第二王子、ジオルグ殿下に感謝を。そして、改めて、この場に来て下さったみなさまに感謝の印を……」
思いつきだが、セシリアは手のひらを、ふわっと持ち上げた。
「【氷霧】」
すると天空がキラキラと光りだした。魔法で作り出した氷の霧は、太陽の光を受けて、まるでダイヤモンドのようだ。おまけに、セシリアに絶妙に調整されたその霧は、客のドレスや肌を濡らす直前で蒸発しており、なおいっそう幻想的な雰囲気を漂わせた。
「素敵……」
「ほう……これは、これは……」
客たちも、満足げな様子だ。
そしてそれを作り出したセシリア自身も、うっとりと見とれていた。
「セシリア……」
ふと気づくと、ジオルグが熱っぽい視線をセシリアに投げかけている。
「この幻想的な景色と同じくらい不思議に満ちた君に、今日のファーストダンスを申し込みたい」
ジオルグが膝をついてセシリアに手を差し伸べると、周りがどよめいた。ダンスの申し込みのこの旧式の作法は、今ではほとんど使われない。今では結婚の申し込みの所作だからだ。
そんな事には気づかないふりをしてジオルグの手を取るには、セシリアは初心すぎた。
「よ、よろこんで……」
顔を真っ赤にしたまま、セシリアは流されるように足を踏み出した。
踊り終わると、褒め称える言葉と拍手がわいた。
息を切らしながら、セシリアとジオルグはお互いを見つめ合う。
「ダンスがお上手なんですね……」
「それはセシリ……」
ジオルグが全てを言い終える前に、女の怒声が聞こえてきた。
「ふざけないで!! 私はこの家の娘よ!! 私を止めるなんて、あんた、クビよ!! クビにしてやるわ!!」
二人が声の方を見ると、行く手を遮ろうとする執事やメイドを振り払おうとしている女性がいた。セシリアの腹違いの妹、エドナ・キャスタールだ。そして、その後ろには、困惑した様子のルーカス・ブラックシード公爵がいた。かつての、セシリアの婚約者の……。




