寝取られ令嬢のパートナー①
「これでいいかしら?」
セシリアは鏡の前で、そわそわとメイドに聞く。
メイドは大きくうなずいた。
「もちろんでございます。さすがは王妃様のデザイナーでございますね。サイズもデザインも小伯爵様にぴったりでございます。それに……」
メイドの目は、セシリアの身につけている宝石に向けられた。
胸元を飾るブルーサファイアとダイヤのネックレスと、同じくブルーサファイアの揺れるイヤリング。それらは、何者も溶かすことができない氷を思い浮かばせる、硬質な光を放っている。
セシリアにもドレスにぴったりと似合うそれらは、ジオルグからの個人的なプレゼントだ。
「こんな高価な物……。本当にいいのかしら?」
「もちろんでございますわ!! むしろ、受け取らないなんて考えられませんもの」
「そうよね……」
だったら、いっそのこと家宝として、子孫代々にまで受け継がせるべきか……。けれど、自分に子孫ができるのか……。妙な具合に悩むセシリアである。
ふと、セシリアはエドナに部屋にはルーカスからのプレゼントで溢れていたことを思い出した。一方、セシリアはルーカスからプレゼントをもらったことがない。
(本当に、私って、なんとも思われていなかったのね……)
特に心は痛まない。むしろ、ルーカスにそんな気遣いができたのかと驚く方が先にくる。
セシリアは窓から庭を見下ろした。ちょうど、白い薔薇と青いアガバンサスが見頃を迎えている。その花々を、興味深そうに見て回る客の姿もセシリアから見えていた。
「お客様は、もう集まった?」
「はい。ほとんどの方が……」
ジョルジュはパーティーを室内ではなく、庭園で行えるように準備した。庭園ならば多少人数が多くても、窮屈感がない。
けれどキッチンからテーブルまでの距離が長くなるので、料理や飲み物を運ぶのは大変だが、温かい食べ物や飲み物だけは庭園に設置したテントでサーブすることで、なんとか形を整えることができた。
客同士の会話が弾んでいるのか、時々笑い声がセシリアの部屋にまで届いてくる。
彼らは待っているのは、セシリアの登場よりも王太子の座に一番近いジオルグの登場だろう。
(ジオルグ様はまだかしら?)
エスコート役のジオルグが来なくては、パーティーは始まらない。
彼はこの屋敷に到着したら、パーティー会場ではなく、この部屋に到着することになっている。
セシリアが少しやきもきしていると、やっとドアが鳴らされた。
「やあ、セシリア。待たせてごめんね!!」
十四歳。青年と少年の間といった感じのジオルグが慌ただしく部屋にかけこんできた。セシリアのドレスと対になった衣装を着ている。
セシリアはまるで夜空に浮かぶ星のようなドレスだが、ジオルグはその空に浮かぶ月のようなデザインだ。そんな衣装を着たジオルグは、歳よりも大人っぽく見えた。
「いいえ、大丈夫でございます。それよりも当家においでいただき、また私のパート……」
セシリアの目の前に、マーガレットの花束が差し出された。
「え?」
「遅くなったお詫び」
「まあ……」
「こんな野に生えているような花じゃなくて、もっと見栄えのする花にしたらって、母上には言われたんだけれど……」
ジオルグがじっとセシリアを見つめ、ふと恥ずかしそうに目をそらした。
「セシリアには、白くてかわいらしい花が似合うと思ったんだ」
その様子が年相応にかわいらしく、思わずセシリアは微笑んだ。
「嬉しいですわ」
「本当?」
「ええ。大好きな花です……」
本当にセシリアはマーガレットが好きだった。それは百合の記憶を思い出す前から、華やかな花のトラウマがあったからかもしれない。
そういえば、日本のマーガレットはあまりいい香りではなかったような記憶がある。けれどこの世界のマーガレットは異世界だからか、少し香りが違うようだ。ラベンダーに近い香りである。
「それはよかった」
セシリアは視線を上げずに、そのままカーテシーをした。
「このドレスもありがとうございます。王妃様にお礼を。このような素敵なドレスを着こなせるか心配ですが、ジオルグ様の足を引っ張らぬようにしたいと思っております。また、ジオルグ様から贈っていただいたこの宝石も本当にありがとうございます。キャスタール伯爵家としてこれからも王家をお支えし、その象徴としてこのアクセサリーを家宝にいたしたく思います」
「いや。似合っている」
ドレスのデザインは気に入っているが、どこか居心地が悪かった。
ましてやその対になる男性用衣装を着ているのが天使のようだと名高いジオルグである。自分に自信のないセシリアが、気圧されるのも無理のないことだ。
「そうでしょうか……?」
シャラリと耳元でイヤリングがなった。
ジオルグはその揺れるイヤリングに手を伸ばす。
その指先が、軽くセシリアの頬にかすった。
「え?」
イヤリングの冷たい音とジオルグの熱い指の感触が、うまく結びつかない。
「……うん。ドレスも宝石も本当に似合っている。かわいいよ」
その言葉を聞いた瞬間、セシリアはカアッと頬が熱くなった。「似合っている」「かわいい」そんな言葉を、熱のこもった視線と共に投げかけられたのなんて、セシリアとして生まれてからは初めて、百合としてもほぼ経験のないことだったからだ。
「さ、パーティーへ行こう!」
「へ……。は……はい……」
ジオルグはくるりとセシリアに背中を向け、腕の間に隙間を作った。そこへセシリアは手を、おずおずと置いた。
「あ」
「え? な、何か失礼でも?」
セシリアは一気に悪い意味で心臓がドキドキし始める。
「そうじゃなくて、パーティーに行ったら、こんなきれいなセシリアをみんなに見せなくちゃいけないのが残念だと思って」
「え……?」
「パーティーなんか行くのをやめて、このままセシリアを僕の空間魔法でどこかに閉じ込めてしまいたくなるよ」
「……」
キャスタール伯爵家の得意とする魔法が氷魔法、ブラックシード公爵家の得意とする魔法が風魔法。それと同じように王家が得意とする魔法がある。それが空間魔法だ。王家は爵位と同時に、『秘密の小部屋』という亜空間を貴族に授けてきた。その亜空間には、物も人も入れることができる。その亜空間に閉じ込められたら……。
考えてもみなかったことに、セシリアはゾクッとする。
「おいおい。そんな顔をしないでくれよ。あ~あ、冗談だよ。冗談……」
「じょ、冗談……?」
「当たり前だろ?」
「そ、そうですよね……。冗談ですよね。やだ……私ったら……」
「ごめんね。なんて言うかな……。これって、王家ジョークっていうのかな。子供の頃、悪いことをするとそうやって脅されるんだ」
王家に嫁入りした王妃はもちろん空間魔法が使えないから、そう脅したのは父親である国王かもしれない。
小さなジオルグが、国王に怒られているシーンを思い浮かべると、セシリアは思わず笑ってしまった。
「笑ったな。その方がいい。緊張していたら、パーティーに来ているやつらに甘く見られるぞ。あいつらは年若いキャスタール伯爵を手のひらで転がして、その財産や利権をかすめ盗ろうとしている、ただのたかり屋だからな」
「あ……。はい」
どうやらジオルグはセシリアの緊張をほぐそうとしてくれていたようだ。それにジオルグの言うとおりだ。今日、このパーティーに集まったのは元父がキャスタール伯爵だったときにつながりがあった者たちばかり。評判の悪いセドリックと付き合いがあるのは、キャスタール伯爵家から甘い汁を吸っていたものばかり。セシリアが伯爵になったら、もっと奪い取ろうとする者たちばかりなのだ。
ジオルグ自身、そうした者たちと接する機会が多いからこその助言なのだろう。
(若いのに、さすがだわ……)
ジオルグはもう一度、腕を差し出した。
「行こう」
「はい」




