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寝取られ令嬢の平和な一日③





 しきりに額をこするメイドとすれ違うようにして、別のメイドが客を案内してくる。


「小公爵様。こちら王妃様がお遣わせになりました、新しい(・・・)デザイナー様でございます」


 背の低い男が、スカートもはいていないのにまるでカーテシーのような礼をとる。

 王妃は約束通り、セシリアの小伯爵就任パーティーのドレスを用意するために、デザイナーを派遣してくれた。一人目は意見が合わず、デザインが決まらなかった。それで王妃様は二人目のデザイナーを派遣してくれたようだ。


「お目にかかれて幸いです。小伯爵様」

「こちらこそ。ええっと……?」

「ニコルズとお呼び下さい」

「分かったわ。ニコルズ。王妃様からということは、パーティードレスの件よね? 前のデザイナーはどうしたの?」

「はい。彼女は、小伯爵のドレスデザイン担当をクビになり、私が引き継ぐことになりました」


 ニコルズは、にこりと笑う。


「……そう」

「ところで、パーティーまで時間がありませんので、早速ではございますがこちらを見ていただけるでしょうか?」


 挨拶もそこそこに、ニコルズはデザイン画をずらっとセシリアの前に置いた。


「いいわね……」


 デザイナーがホッとするのが雰囲気で伝わってくる。


「これと、これと、これが気に入ったわ」


 セシリアはいくつかのデザイン画を、束から抜き取った。


「なるほど……。気に入ったのは、どの点でございましょうか?」

「このドレスは、襟元のデザインが気に入ったわ。こちらは色味が……。それと……」


 そうしたセシリアの言葉をこのデザイナーはいちいちメモをとり、本当に日にちが差し迫っているとのことで、その場で新しいデザイン画を描いてくれた。


「……素晴らしいわ。さすがは王妃様のデザイナーね」

「お褒めにあずかり光栄でございます」

「しかし、私を『王妃様のデザイナー』とお呼びになられるのは、少し時期尚早かと……」


 セシリアは思わずニヤリと笑ってしまった。「時期尚早」ということは、いずれそうなるということだ。

 どうやら一人目のデザイナーは、セシリアのドレスデザインだけでなく王妃のデザイナーも下ろされるらしい。

 セシリアは、一人目のデザイナーと会った日のことを思い出す。

 彼女は王妃の専属デザイナーだったためか、セシリアに対して最初から横柄だった。


お嬢様(・・・)~。ドレスのためのサイズを測らせてくださいませ~」


 語尾を長く伸ばすのが、オシャレだとでも思っているような、軽薄でいけ好かない女性だった。


「失れ……」


 無礼をとがめかけたジョルジュをセシリアが止める。

 ジョルジュが何を言いたいかは分かりきっている。小伯爵であるセシリアをただの「お嬢様」と呼んだことに対してだ。

 爵位を持つ者に対して――それが例え小伯爵でも――、それを軽んじる呼び方をする者は、その家門そのものを侮辱しているのと同じである。


 このデザイナーも、セシリアが小伯爵であることを知らないのなら、情状酌量の余地がある。

 けれどデザイナーは王妃からセシリアの小伯爵就任パーティーのドレスを依頼されているはずなのに、わざと「お嬢様」と呼んだのだ。セシリア自身を下に見ているという証なのである。

 それでもセシリアはジョルジュを黙らせて、ニッコリと笑った。


「その前に、私が着るドレスのデザインを見せていただけないかしら?」

「あら……? まだ見せていなかったかしら?」

「ええ」


 デザイナーはもったいなさそうにデザイン画をセシリアに渡した。

 パーティーではパートナー同士となる男性衣装と女性ドレスを対で作るため、そのデザイン画も男女ペアのデザインが描かれる。デザイナーが渡したデザイン画もそうである。

 しかし一目見て、セシリアは、パサリとデザイン画の束をテーブルに落とす。


「全然ダメです」

「……わたしの耳がおかしくなったのかしら?」

「このドレスは着れません」

「……………………は?」


 やっと意味を理解したデザイナーは、まるで熱したヤカンのように、シュルシュルと怒りで顔を赤く染めていった。


「な、なんですって!! わたくしのデザインが気に入らないとでも言うつもり!?」

「ええ。気に入りません」


 デザイナーは、落ち着こうと深呼吸をするが、うまくいかない。


「お、お嬢様には、わ、私のデザインがご理解できないようですね」

「いいえ。理解した上で、ダメだと言っているんです」

「あなたにドレスの何が分かりますの!? これはですね! 遠い東の国で作られた極上の絹を使う予定ですのよ! それにこの部分は、海路の街で作られた、極上のレース! あなたなんかが着られるような品物じゃないんですのよ! それを……き、気に入らないですって!!」

「ええ。気に入りません」

「な、な、な、な……」

「なんでだか分かりませんか?」

「分かるわけないでしょ!!」


 セシリアはため息をついた。


「……このドレスの主役は、男性の衣装です。女性用のドレスはその引き立て役。でもパーティーの主役はジオルグ様じゃなくて私です。だから、ジオルグ様を引き立てるドレスじゃなくて、私自身を引き立てるドレスでないと……」


 デザインは、十四歳という年齢のジオルグを引き立てるような綿菓子のようなドレスばかりだった。明らかにジオルグよりも年下の子供向けのデザインだ。十八歳で、責任ある立場になろうというセシリアの就任パーティーにはふさわしくない。

 そのことを指摘すると、デザイナーはプルプルと震えている。


「デザインのやり直しをお願いしますわ」

「わ、私に……や、やり直しですって!!」

「ええ」

「たかが伯爵家……、それも悪名高いキャスタール伯爵家のくせに、わたくしに指図するなんて……!! 身の程を知りなさい!! これ以上、わたくしのデザインを侮辱するなんて、王妃様に言いつけますわよ!!」


 それに対してセシリアの返事はシンプルだ。


「どうぞ」

「なっ!!」


 しばらくブルブルと震えながらセシリアをにらみつけていたデザイナーだが、セシリアが少しも折れる様子がないと分かると、踵を返してドシドシと足音をさせながら帰ってしまったのだ。


「セシリア様……。よろしかったんですか?」


 さすがのジョルジュも心配そうだ。


「ええ。いいのよ」


 セシリアは遠い目をした。百合の記憶をたどっているのだ。

 それは百合の結婚式。百合にとっては、忘れられない素敵な思い出に残るはずの日のはずだった。

 それなのに、百合の気持ちは苦しかった。

 幸せの象徴となるはずのウエディングドレスなのに、そのドレスを選んだのが義母だったからだ。

 デザインがよいものだったら、それでも我慢できた。

 けれどそのドレスはレンタルにもないような、肩が馬鹿みたいに膨らんだ昭和じみたドレスだった。純白であるはずなのに、うっすらと黄ばんでさえいた。

 もし百合に両親がいたのならば、あんなドレスは許さなかっただろう。けれど、百合は一人だった。

 結婚式に招待した同僚や友人は、憐憫、もしくは嘲笑を向けた。

 後から知ったのだが、そのドレスは義母が執念を燃やして古着屋をいくつも回り、やっと手に入れたものだったそうだ。全ては百合に幸せな気持ちを味わわせないために。

 ドレスのことだけでも苦しいのに、さらに苦しいのは、義母の機嫌を損ねないように、幸せだという笑顔をしていなければならなかった事だ。

 それも全ては無駄だった。


 セシリアは自尊心を取り戻すと言ったのに、我慢して王妃のデザイナーの言う通りにドレスを選んでいたら、百合と同じような気持ちになってしまうに違いない。


「……もしかしたら、あの古着屋さんのお世話にまたなるかもしれないわね」


 あの傭兵と関わりのある古着屋は平民用でありながら、貴族が着てもおかしくないくらいの品が揃っている。そこに気に入ったドレスがあればそれでもいいとセシリアは思っていたが、ジョルジュはブルブルッと首を横に振った。


「さすがに就任パーティーでは……」

「ダメかしら?」

「……」

「そう……」


 既製品のドレスでも、気に入るドレスはどこかにあるだろう。そう思い、セシリアはうなずいた。


「分かったわ。何かしら考えるわ」

「はい……」


 と、こんな遣り取りがあったのに、わずか三日で別のデザイナーを派遣してくれるとは、王妃は百合の義母と違い、デザインに含むところはなかったのかもしれない。デザイナーの独断だったのだろう。

 セシリアは心の中で王妃に謝った。


(王妃様、ごめんなさい。あんな義母と一緒だと思ってしまって……)


 同時に、ドレスを探し歩く時間を節約出来たことに、セシリアはホッとした。セシリアの日常は、恐ろしく忙しかったからだ。

 セシリアは、ニコルズに微笑んだ。


「では、そのデザインでお願いするわ」

「かしこまりました」


 ニコルズは大急ぎで帰って行った。

 一寸の時間も仕立ての時間をとりたいのだろう。なにせ、パーティーまで、本当に時間が足りない。


「さて……。休憩の時間は終わりだわ」


 セシリアは腰を上げた。

 就任パーティーは一ヶ月後でも、セドリックがメチャクチャにした領地経営、交易、人材活用などの仕事は待ってはくれない。

 さらにブラックシード公爵領からキャスタール伯爵領へ移動した傭兵団の団長が、雇用に関する契約をするために押しかけている。本日中に、契約条件をつめなければならない。

 けれどセシリアは言う。


「今日は、平和な日でよかったわ……」




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