寝取られ令嬢の平和な1日①
誤字報告、ありがとうございますm(_ _)m
おかげで執筆を続けられます。
セシリアは庭のテーブルで、招待状の返事を前に頭を悩ませていた。
「そうなるわよね……」
王妃の発案で小伯爵就任のパーティーを開催することが決まったが、エスコート役のジオルグは一ヶ月後には長い地方視察の予定が入っているのだという。
つまり、パーティーはその前に開かなければならず、準備にかけられる時間は最長でもたった一ヶ月なのである。
当然、パーティーの日程はジオルグのエスコートが可能な最後の日に決まった。
ところが、パーティーを開催する方にとっても、招待される方にとっても、準備期間が一ヶ月というのはかなり短い。
開催する方は、質の良い料理や飲み物、それに楽団や催し物の準備には一ヶ月以上かかるのが普通だし、招待客が女性であればドレスにアクセサリーを新調する時間が必要だ。男性であればそれまでに自家に有利になる取引の材料を準備しておくものである。
それゆえに普通はパーティーの招待は二ヶ月以上前にするものである。
ゆえに、こんな直前に招待するパーティーは非常識であり、当然、出席者は少ないとセシリアは思っていた。
けれど招待状の返事を開けてみれば、ほとんどの招待客が参加なのである。
どうやら招待状にはエスコート役の名前は書いていないのに、どこからか……というか、セシリア側からは誰にも言っていないのだからジオルグ、もしくは王妃側から話が出回ったということだ。
(想定していたよりも、ずっと大きなパーティーになりそうね)
そんな確実な未来に、セシリアが大きなため息をついた。
音も無く、紅茶とまだチリチリとパイ生地が音を立てているような焼きたてのアップルパイが目の前に現れた。
「少し休憩をなさりませんか?」
紅茶とアップルパイをお盆にのせているのはジョルジュだった。
街で過ごしていた時とは違い、ブラックスーツを着た背筋はビシッと伸びており、シルバーに近い髪は整髪料で後ろになで上げいる。まるで芝居に出てくるような、完璧な執事姿だった。
それもそのはず。彼はキャスタール伯爵家の執事長として、仕事に復帰したのだから。
セシリアは、目の前のアップルパイを見て、思わず口元がほころんだ。
「ジョルジュが焼いたの?」
「もちろんでございます」
完璧な執事姿でいながら、ジョルジュはおちゃめにウインクをした。
「楽しみだわ」
料理人でないのに、ジョルジュの焼くアップルパイは絶品だ。なにせこのアップルパイは前ブラックシード公爵夫人の大好物であったそうで、夫人に喜ばれるために砂糖ひとつまみまで調整して、完璧なレシピを作り上げたのだという。
忠誠心なのか、それとも別の心があったのか……。
(全ては過去のことね)
二人はニコリと笑い合った。
「休憩するわ!」
ジョルジュが手紙や書類をどかして、テーブルに銀色に光るフォークを並べ、パリッと糊のきいたクロスを敷く。
紅茶がカップに注がれて、香り高い湯気を上げる。
待ちきれないとばかりに、セシリアがアップルパイに突き立てると……。
ザクッ……。ザクザク……。
なんとも言えない音と感触が伝わってくる。
ボロボロに崩れそうになるのを注意深く一口大に切り分け、そろそろと口に運んだ。
鼻にバターの香りが突き抜けた。その直後に、甘く爽やかなリンゴの香り。
歯を立てれば、ザクッとシャクッとパイ皮と、大きく切って煮込んだリンゴの食感が混じり合いなんともいえぬハーモニーを奏でる。
味ももちろん、甘いだけでも酸っぱいだけでもない絶妙な加減で、はちみつを使っていないそうなのに、何故かそれを連想させる蜜の味がする。
(テレサ様が大好物だったのも分かるわ。本当に、おいしい。ジョルジュも、執事にしておくのはもったいない腕前よね。とはいっても、執事としても一流なんだけれど)
テレサとは前ブラックシード公爵夫人の名前だ。そんな公爵夫人に仕えていた一流の執事は、セシリアが放り投げた招待状の返事をパラリパラリとめくった。
「大変な規模のパーティーになりそうですな」
「ええ。そうなのよ。おかげで頭が痛いわ。この規模のパーティーの準備したことはないし、お見えになられる方も多種多様なんですもの……」
高位貴族、キャスタール伯爵家の親類縁者、セドリックと付き合いがあった貴族に商人、それにセシリア自身がルーカスの婚約者時代に付き合いがあった人々もやってくる。
爵位就任パーティーは、これからの付き合いを深める場になるため、普通のダンスパーティーのように好きな相手だけを招待すればいいというものではないのだ。
「ふう……」
セシリアは大きなため息をついた。
「こう言っちゃなんだけど、ジオルグ様目当てでやってくる高位貴族なんて、日頃の付き合いもないし、これから付き合いが深まるとも思えないし……邪魔なくらいなのよね。これから付き合いを深めるつもりもないから、野次馬根性丸出しで、お家騒動やルーカス様との婚約破棄の事情をあれこれ聞いてくるだろうし……」
セシリアは大きなため息をついた。
「面倒だわ」
「そうでしょうな……」
ジョルジュは、顎をひと撫でした。
「いらっしゃるお客様の方はなんともできませんが、パーティーの準備は私の方でなんとかいたしましょうか?」
「ジョルジュが……?」
「はい。これくらいの規模でしたら、テレサ様と何度もくぐり抜けてきた修羅場ですので」
「……『修羅場』」
修羅場とは、辞書では戦争や闘争が行われる、血なまぐさい場所のことだ。
けれどテレサの生前、ブラックシード公爵家では伝説に残るような数多くのパーティーが催されていた。その補助をしていたは、確かにこのジョルジュだ。
なんとも頼もしい味方がいたものだ。
「…………本当にお願いしてもいい?」
「そういうときは、命令するものでございますよ」
ジョルジュが、たしなめるようにフッと笑った。
「そうね。パーティーの準備をしてちょうだい」
「かしこまりました」
そう言って、招待状の山をそっくりそのまま懐にしまいこんでしまった。
これでゆっくりアップルパイを……そうセシリアが思ったときに、慌ただしくメイドが駆け込んできた。




