寝取られ令嬢の震える元父
とあるコンテスト用に修正していたところ、なんと元データを上書き保存してしまうというミスをしてしまいました(泣)
大きな修正箇所は、第6話の「寝取られ令嬢と百合の花」を挿入したところです。
小さな修正ですと、世界観を統一するために「冒険者」→「傭兵」、「冒険者ギルド」→「傭兵兵団」、共済→見舞金で統一、当たりでしょうか。
ここまで読んで下さった読者様、申し訳ありません。第6話を先にお読みになり、続話をお読みいただけると嬉しく思います。
本当に申し訳ございません。
引き続きご愛読、よろしくお願いいたしますm(_ _)m
「クソ……。どうしてこんな……」
セドリックはガタガタと震えながら、牢の隅に膝を抱えてまるまっている。汚水によごれ、きらびやかなボタンや飾りを破り盗られてビリビリの布きれになってしまった上着の前をぎゅっと引き寄せた。
セドリックは末端とはいえ、貴族の子息として生まれた。もちろん嫡男ではない。裕福ではなかったため兄のような教育は受けられなかったが、魔力が豊富で見目麗しい青年だったため、キャスタール伯爵令嬢の結婚相手として選ばれた。
キャスタール伯爵の一人娘のセレスティーは、可憐な少女だった。結婚のその日、自分はこの少し気の弱い少女を夫として支えていこうとセドリックは思っていた。ほどなくして妻は妊娠して、娘を産んだ。その日は生涯で一番幸せな日だと思った。
しかし……、セドリックは出会ってしまったのだ。魂の片割れともいえる相手に。それが教会で奉仕活動をしていたエイドリアンだった。
エイドリアンは聖女のような魂に、堕天使のような爛れた肉体をした女だった。セドリックはあっという間に、心を奪われた。蕩けるような快楽も知った。セレスティーには申し訳ないという気持ちもあったが、エイドリアンに溺れていくのはどうしても止められなかった。
やがてエイドリアンにも娘が生まれた。エドナだ。
エドナはよくセドリックに似ていて、父になる喜びに溢れさせた。となると、セレスティ-というよりも、セレスティーの父親であるキャスタール伯爵によく似たセシリアへの愛情がなくなっていく。伯爵令嬢として何不自由なく育つセシリアが憎たらしく、同じ自分の娘なのに平民として街で育たざるを得ないエドナが、なんとも不憫に思えた。
それのどこが悪いのか。
自分の子供を愛してどこが悪い! 悪いのは爵位をちらつかせて結婚を迫ったセレスティーだし、勝手に生まれてきて、エドナが持っていないものを見せびらかすセシリアが悪いに決まっているではないか!!
「囚人七十八号。出ろ」
セドリックはのろのろと顔を上げた。
囚人七十八号というのは、自分の事だからだ。ここでは誰も名前を呼ばないし、呼ばれない。
収監初日に「囚人七十八号」と看守に呼ばれた自分は、もちろん激高した。自分には「キャスタール伯爵」という称号があるのだから、それで呼ぶようにと命令もした。
しかし返ってきたのは拳と蹴りだけだったのだ。
牢屋は今まで生きてきた社会とは別のルールの世界だった。
けれどすぐに家族が迎えに来てくれるはずだ。それだけを希望に、セドリックは必死に背中を丸めて耐えていた。
だから呼び出されたときに、ほっとしたのだ。
ああ……。やっとここから出られると。エイドリアンとエドナが迎えに来てくれたのだと。
(ここを出たらセシリアに、この恨みをぶつけてやろう。自分のやった愚かな告発を後悔しているに違いない。けれどもう遅い。切り刻んで豚のえさにしてやろうか、それとも生きたまま川に捨ててやろうか……)
腕と腰に縄をつながれて、小さな机と椅子が二つあるだけの部屋に連れて行かれる間にさえ、そんなことを考えてニタニタとしていた。
一つの椅子にはすでにあの貴族名簿管理局の管理官だという男が座っている。
セドリックは空いているもう一つの椅子に腰をかけようとした。
ビイイイイン。
縄が看守に引っ張られ、セドリックは思わず床に倒れ込む。腕が縄でつながれているものだから、腰からもろに転んでしまった。
「な、何をする!!」
のっそりとして無表情な看守が、ボソボソとした声で言う。
「そこはお前の席じゃねえ」
「じゃあ、私はどうすればいいのだ?」
「立ってろ」
今度は看守は縄を真上に引っ張る。抵抗しても痛いだけだ。セドリックは仕方なく立ち上がった。
「ではキャスタール小伯爵がまだ来ておりませんので、少し無駄話でもしましょうか?」
管理官の言葉に、セドリックはハッとなった。
セドリックの代わりに看守がうなずいた。
「私が分からないのは、なぜあなたが正当な爵位継承権のある小伯爵を修道院にいれようとしたかです。あなたも貴族の末端として生まれた男でしょう? 直系が廃嫡すれば親類から別の者に爵位を継がせるということを知らなかったのですか?」
「えっと……あ……」
セドリックは乾いた唇をなめた。
そういえば嫡男ではないからと貴族教育は受けられなかったが、確かに子供の頃にそんな話を聞いたはずだ。なのに、なぜ自分が爵位を継げると思い込んでいただろう。
「子供の頃は、そんな話を兄に聞いたような気もします。けれどエイドリ……妻がそう言ったのです。妾腹の子でも爵位を継いでいる家系はたくさんあると。妻は……教会に知り合いがたくさんおりまして……その……いろいろなことを知っているのです」
「その妾腹の子は、少なくとも父親が直系だったのでしょう。だから嫡子ではなくとも直系ではあったのではないでしょうか?」
「えっと、その……よく分かりません」
呆れて物が言えないという感じで、管理官はやれやれと天を仰いだ。
「ところで、あなたが伯爵代理になったときの状況をお聞きしてもよろしいですかな?」
「え? あ? はい」
セドリックは語った。
以前の伯爵であったセレスティーの父が、階段から落ちた事故で亡くなり、父を亡くしたセレスティーは心神喪失して部屋から出られなくなってしまった。だから仕方なくセドリックが伯爵として名乗りを上げたのだ。
「ほう……。事故で……」
管理官はバラバラと分厚い書類をめくり上げた。お目当てのページを見つけると、何かをガリガリと書き込む。
「この時、神官ではなく司祭が来て治療に当たってくれていますな」
「あ、はい。その……司祭の方が治療の魔法が強力ですし……」
「この司祭は、あなたの現妻とひどく親しい間柄の方だとか……」
「ええ。子供の頃からお世話になっている方だそうで……」
「今、その方は?」
「えっと、亡くなっています」
「なるほど」
管理官はガリガリと書き込む。
セドリックはそのガリガリという音が不快でたまらない。いったい何を書いているのか、何を探っているのか。そう思うと、胸の奥がかきむしられているように感じる。
「小伯爵のお母上を治療されたのは?」
「……その司祭です」
「なるほど」
ひどく居心地の悪い沈黙が続いた。
セドリックはだんだんこの管理官が何をしたいのかが分かってきた。セレスティーの父とセレスティー自身の死に疑問を持っているのだ。
冗談じゃない!! セドリックは叫びだそうとした。
けれど必死に口をつぐむ。管理官がこんなに回りくどく聞いてくるのは、証拠もなく、証人もないに違いない。ここは黙ってやり過ごせば、いくら管理官でも疑いだけでは何もできないはずだ。
セドリックはギュッと口を引き結んだ。




