表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/37

寝取られ令嬢と『秘密の小部屋』


 セシリアはいつまでも落ち込んではいられなかった。セドリックの問題がまだ残っているからだ。

 今は拘束されているが、あの程度の罪ではいつ釈放されるかわからない。

 決定的に縁を切るためには、決定的なセドリックの罪の証拠が必要だ。


 セシリアがキャスタール伯爵が代々受け継ぐ執務室を開けると、酒の臭いが染みこんでいた。父、セドリックはこの部屋で何をしていたのかがすぐに分かるくらいだ。きっと昨夜も朝まで飲んでから貴族名簿管理局へ行ったのだろう。


「……たった一日前の事なのよね」


 昨日は一日にいろいろな事がありすぎて、セドリックから伯爵位を取り上げたのがはるか昔に思えるほどだ。

 セシリアは床に直積みされていた書類をパラパラとめくった。セドリックは頑張っているようだが、規模の大きなブラックシード公爵家の内務を負っていたセシリアから見ると、ずいぶんと無駄が多く粗が目立つことばかりだ。


「そういえばブラックシード公爵家の内務は誰が引き継ぐのかしら? ルーカス? まさかエドナ?」


 セシリアはクスッと笑った。


(やれるもんなら、やってみるといいわ!!)


 もちろん静観するつもりもない。もう手は打ってある。そのために昨日はあの古着屋に行ったのだから。店主の弟がブラックシード公爵領でトップクラスの傭兵であるあの古着屋に。

 ほどなくルーカスがセシリアにかけた嫌疑は、店主を通じてブラックシード公爵領に届くだろう。そのとき傭兵はどんな風に反応するのか、今から楽しみだ。


 と、風が窓から入った。その風が書類を吹き飛ばす。一枚一枚拾い歩いたセシリアは、本棚前の絨毯の一部がやけに痛んでいることに気が付いた。

 チリッとセシリアの指先に電気のようなものが走った。


「……ここがそうなのね」


 貴族ならばどの家にも『秘密の小部屋』がある。

 それは爵位を授かるとともに王家から授けられる亜空間の金庫のようなものだ。

 キャスタール伯爵家が氷魔法を、ブラックシード公爵家が風魔法を得意とするように、王家は空間魔法を得意としているのだ。そんな王家が作った『秘密の小部屋』。

 その金庫を開ける鍵は王家から爵位を授けられた家の直系の血。もしくは、当主の証である指輪を持ったものだけだ。そう。セシリアが伯爵代理の地位を剥奪したときに元父から取り上げたあの指輪である。

 多くの家門では、当主以外の者がめったに入ることができないので、その家門の悪事を代々ため込んでいるという。


(その『秘密の小部屋』を作った王家にも、『秘密』でいられるのかしら? あやしいものね。私だったら、バックゲートを作ってその『秘密』を抜き取るわ)


 だからきっとセシリアは大切なものなんで『秘密の小部屋』になんておかないだろう。けれど、セドリックはどうだろうか? きっと大喜びで誰にも見せられないものを隠しているに違いない。

 だからこそセシリアはセドリックを貴族名簿管理局に呼び出し、そのまま拘束させたのだ。証拠を隠す暇を与えないために。


「さあ、見せてもらいましょう。元父だったあの男の恥部を……」


 セシリアはナイフで指を傷つけた。そして血のしたたる手を広げて見えない扉を押すように前に突き出した。

 と、その手のひらから、パアッと光が広がり魔方陣の形をとる。

 まばゆい光に目を閉じると、ふうっと風を感じて空気の香りが変わった。さっきまでの酒臭さはなく、図書館のような古い本の香りがする。


 セシリアはそろっと目を開けた。


 初めて入るそこは、まるでおもちゃ箱だった。

 土から掘り出したままのむき出しの何かの原石、封印帯でくくられた魔法書、色とりどりの美しい薬品の入った小瓶、いったいいつからあるのか分からないくらい古そうなのにずっと泡立っているどろどろの液体の入った小瓶、手紙の束、表に出せない帳簿、そして犯罪の印……。

 そうした物を一つ一つてにとっては、うっとりしたり眉をしかめていると、時間はあっという間に流れていった。

 祖父の遺品の中から、母・セレスティーがよく読んでくれた絵本も見つかった。今すぐ読んでしまいたい気持ちをぐっとこらえて、セシリアはセドリックが隠した物を探し続けた。

 そして、とうとうセシリアはそれを見つけた。

 書類の束だった。

 セシリアは事細かに読み、より分けていく。

 セドリックの個人的な横領や特定の人物の罪のもみ消し証拠など。

 けれど読めば読むほど、セシリアは愕然とする。


「……こんなものしかないの?」


 こんな証拠ではセドリックの罪はせいぜい三十年ほど。

 セドリックと完全に縁を切るためには……、それこそ今後一生目の前に現れる心配がないほどスッパリと縁を切るためには、もっともっと悪事の証拠が必要なのだ。そして、なぜか自分の父でありながら、セシリアはセドリックがもっと悪いことをしているという気がしてならないのだ。


「ここじゃないのかしら?」


 もしかしたらセドリックも『秘密の小部屋』を信用していなかったのかもしれない。そう考えて、セシリアは頭を振った。


「ううん。お父様は、そこまで疑い深い性格じゃないはずよ。隠すなら絶対にこの場所だわ」


 それじゃ、どうしてないのか。


「……もしかして、全て破棄してしまったとか……」


 だったらお手上げだ。

 親子の縁が切れたとはいえ、それは書類上のこと。セドリックはこれからも何かとセシリアにつきまとうに違いない。


「ううん。そんなことはさせないわ。きっと、何かを見逃しているに違いないわ……」


 もう一度、しっかり確認しよう。そう思うも、疲れがのしかかっていた。思えば、今日一日、いろいろなことがありすぎた。


「少し、休憩しなくちゃ」


 セシリアはふと思いついて、セレスティーがよく読んでくれた絵本を読むことにした。

 書斎にお茶の準備を言いつけて、気が変わった。


「お母様の部屋にお茶を準備して」


 小さな頃は病弱なセレスティーの布団にもぐりこみ、この絵本だけではなく様々な絵本を読んでもらったり、歌を歌ってもらったりした思い出の場所。

 セシリアの祖父の前キャスタール伯爵が亡くなると、相次いでセレスティーの病気も悪化した。セシリアはセレスティーの部屋に立ち入ることも許されず、ずいぶんと心配したし悲しく寂しかった。

 そしてまた会うことも、抱きしめてもらうこともできずに、セレスティーは死んでしまった。

 セレスティーが死んでからは、メイドが鍵を渡してくれず入ることがかなわなかったのだ。

 すでにその鍵はブラックシード公爵家から来た使用人たちが取り返してくれている。

 母の思い出を求めて、セシリアは扉を開いた。


「え?」


 何も無かった。

 二人でゴロンと横になった広いベッドも、光をはじいて風にはためいた白いカーテンも、かくれんぼをした衣装ダンスも、母がじっくり字を教えてくれたライティングデスクも、木陰の湖が描かれた絵画もなにもかもが。

 完璧に、何もかもが無かった。

 それどころか壁紙や床板さえ剥がしてある。

 まるで全てを隠蔽するかのように……。


「……隠蔽?」


 ゾワッとした気持ち悪いものがセシリアを突き上げた。


「え? まさか……。嘘でしょ……?」


 セシリアはセドリックが犯したかもしれない、ある犯罪の可能性に気づいたのだ。

 しかし、考えれば考えるほど、そうとしか考えられない。


「お父様が……お母様を……殺した?」


 考えれば考えるほど符丁があう。

 祖父の死後、間を置かずに亡くなった母。地位を継承した父。

 母の葬式。

 母の死を悲しむ間もないほどの再婚。

 証拠を全てかくすかのような、何もないこの部屋。


「……お母様は、自分が殺されるのを知っていた……」


 ぽつりとセシリアは呟いた。

 バッと自分が手に持っていたセレスティーがよく読んでくれた絵本をを見る。


(これを『秘密の小部屋』に入れたのは誰? お祖父様の防備録に交じらせたのは誰?)


 セシリアが覚えている祖父は、絵本を自分の棚にしまっておくタイプではない。自分のものは自分で管理させる人間だ。


(……お母様だわ)


 セシリアがその血で『秘密の小部屋』の鍵を開けたようにセレスティーもその部屋の鍵を開けることができたはずだ。

 祖父の死からわずかな時間に、セレスティーは自分の死を予感して、ここにこの絵本を隠したのだ。


 セシリアは必死になってその絵本のページをめくった。


「ない……」


 書き込みも何もない。

 よく考えれば当たり前だ。『秘密の小部屋』はセドリックも使うのはセレスティーも分かっていたはず。なのにセドリックが見つけたらすぐに処分してしまうような証拠を残すはずがない。


「私だけが見つけられるような……」


 セシリアは、今度はゆっくりと絵本をめくった。

 その内容は、建国秘話を子供向けにしたものだ。

 この国の最初の王は空間魔法を使い、神の国からこの国にやってきた。王は様々な試練に直面するが、さまざまな魔法を得意とする人々がその人を助ける。王はその人々に感謝をし、人々を助ける良い王となることを誓う。

 そのような内容だ。

 この「様々な魔法を得意とする人々」というのが、今で言う貴族のことだ。絵本にも風魔法、火魔法、土魔法、水魔法など主幹となる魔法の絵が描かれている。今の公爵家と侯爵家につながる魔法の家系だ。


「内容が手がかりなんじゃないのかしら?」


 もう一度最初からページをめくろうとしたときに、ふと絵本にシミを見つけた。


「確か、この時にうちの家門の得意魔法が氷魔法だって教えてもらったのよのね……」


 険しかったセシリアの目が、ふとゆるむ。

 セレスティーは遊びの中でセシリアに氷魔法を教えてくれた。


(お母様と遊んだのは、どんな遊びだったっけ……?)


 考えこんだセシリアはしばらくして「あっ」と、小さな声を上げた。

 果物の汁で書いた手紙をあぶると字が浮き出るように、温度を冷やすと浮き出る文字で二人だけの手紙のやりとりをしていた事を思い出したのだ。

 セシリアはその場で氷魔法を使い、絵本の温度を下げていった。けれど絵本は冷たくなるばかりで、なんの変化も現れない。


「この方法でもなかっ……」


 ふと目をあげたセシリアは一瞬、絶句した。


「はは……ははははは……見つけたわ。お母様の最後の言葉を……見つけたわ」


 屋敷ではいつまでもセシリアの笑い声が響いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ